ヤバいヤバいヤバい
ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。
声に出さずとも、ヒルダは心の中で全力で叫びながら古本屋に駆け込む。
ヤバい。とにかくヤバい。
あのギルドマスターの反応は「知ってて言わない」ものだ。
それ自体は別にいい。そんなことはよくあることだ。
だが、あの目は駄目だ。あれはヒルダの価値を測る目だった。
ああいう目を相手がしている時は、ロクなことにならない。
そして合わせて考えると、たぶん物凄くヤバい。
「アルフレッド! 帰るわよ!」
「ん? 話は終わったのか」
何やら一冊の本を店主から受け取っていたアルフレッドの腕を掴むと、ヒルダはそのまま店の外へと引きずっていく。
そのまま家まで一度戻ろうと、そう考えて。
しかし、アルフレッドが突然動かなくなる。
「ちょっと」
「ああ。ちょっと遠出するか」
「え?」
そんな事を言うアルフレッドに、ヒルダは思わずそんな間の抜けた返事を返すが……アルフレッドは構わず「
「え、ちょ」
「『ラグナロクサガ』・スレイプニル!」
そして……今度はちゃんと四本足のスレイプニルが現れ、アルフレッドはヒルダを抱えてスレイプニルへ乗せると、自分もヒラリとスレイプニルへと跨り手綱を握る。
「え、この馬って」
「口を閉じていろ……舌を噛むぞ」
「え、あ、待っ……」
「待たん。それっ!」
「ブルルルルルルル!!」
ズドン、と音を立ててスレイプニルは発進し、人の居ない道を抜けて町壁をジャンプで飛び越える。
「ちょ、きゃああああああああああああ!?」
「しっかり掴まれ!」
「ばかあああああああああああ!」
アルフレッドの腰にしっかり抱き着きながらも、ヒルダは僅かな浮遊感と……続く着地の衝撃に脳を揺らされたような衝撃を受ける。
それは「この程度か」と思える程度のものではあったが、「ヤバい」しかなかった思考をリセットするには充分で。そのまま走り始めるスレイプニルの上でアルフレッドに抱き着いたまま、ヒルダは頭の中を真っ白にする。
何も考えない。
生きる為にフル回転させていた思考を、休めて。
やがて常識的な速度にまで落ちたスレイプニルの上で、ヒルダはアルフレッドに「ねえ」と問いかける。
「なんだ?」
「遠出だなんて、いきなりどうしたのよ。しかもあんな……絶対町に帰った時に怒られるわよ」
いくら人のいない町の端とはいえ、スレイプニルで爆走して町壁をジャンプで抜けるという無茶をやらかしたのだ。バレたら怒られるのは必至だ。
「アンタ、正義の味方でしょ? こんなの、正義じゃないわよ」
「そうかもしれないな」
「えっ……」
アルフレッドは、振り返らない。広い街道をスレイプニルで走りながら、ヒルダへと答える。
「確かに、俺は正義の味方であるのかもしれない。だが、君も言っただろう?」
「え?」
何か言っただろうか。そうヒルダが考えていると、アルフレッドからは思いもしなかった言葉が帰ってくる。
「自分程度を殺すのは世界の半分を殺すようなものだ、と」
「あー……」
言ったかもしれない。しかし、そんなものがどうだというのか。
「全ての悪を滅ぼせば世界に正義が満ちるというのであれば、俺は迷わずそうするだろう……だが、違う」
そう、世界はそんなに単純なものではない。
どんな些細な悪も犯さなかったものなどこの世にはなく、それ故に世界は善と悪が混ざり合っている。
光あれば闇あるように、闇あれば光あるように。善悪もまた、切り離しがたいものだ。
それは正義と悪の関係であっても同じことだ。
「恐らくだが、完璧に正義を為せる者があるとすれば……それは人を超えた何かなのだろう。俺はそうではないから、たまには正義とは言えない事もせねばならん」
そう言うと、スレイプニルの歩みがゆっくりとしたものになる。
「たとえば、震える女性をその場から無理矢理連れ出してやるような……そんな、ちょっとした事とか、な」
「えっ」
「震えていたぞ」
そう、ヒルダがアルフレッドを本屋から連れ出した時……ヒルダの身体は小さく震えていた。
何かに脅えるようなそれを、アルフレッドは放っておけなかった。
おそらくは罠士ギルドで何かがあったのだろうと判断したからこそ、無理矢理遠くまで連れ出した。
「ここまで来れば誰もいない……何があった? 俺がどうにか出来ることか?」
気づけば、周りには何もない。
アルテーロの町は遠く、街道を行くアルフレッドとヒルダだけ。
ただそれだけの光景に気付いて、ヒルダはポカンとした表情をする。
「えっと……つまり」
「ん?」
「あたしのため、ってこと?」
「ああ」
「その為に正義バカのアンタがこんなことしてるの?」
「ああ……あと俺は正義バカじゃない」
「ウソ。正義バカよアンタ」
今だって、結局。それはつまり。
震える女の子を放っておけなかったという、それだけの。
「……正義じゃないって言ったのは、取り消すわ」
「そうか」
「うん。だってアンタやっぱり、物凄い正義バカだもの」
「……一応聞くが、褒めてるのか?」
「今はね」
そう呟いて、アルフレッドの背中に身体を預けて。
ヒルダは、意を決したようにその一言を告げる。
「……たぶんだけど、アルテーロの罠士ギルドが敵に回ったわ」
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