罠士ギルドを敵に回すということ

「……罠士ギルド、か」

「あくまで私の予想になるけど、依頼者はあの三男坊様の関係者。ギルド全体が関わるような大仕事のはずよ。そうなると、恐らく標的は……」

「俺、か」


 ラボスの部下か何かが生き残っているのであれば復讐を考えるだろうし、そうなると人を雇うというのは真っ当な方法にもアルフレッドには思えた。


「あとは、あたしね。お嬢様はたぶん大丈夫だと思うけど……」

「君がか? 何故だ?」

「理由は二つ。あたしがアンタの仲間だと思われてる。それと、あたしがギルドで意図的に情報を封鎖された。これはたぶん利益が相反してるから……つまり、この件では敵だと思われてるのよ」

「なるほど、な」


 ヒルダが依頼者がラボスの関係者だと考えているのも、そこが理由だ。

 罠士ギルドでヒルダが買おうとした情報は「ラボスの魔剣」と「それを渡したであろうラボスの近くに居る誰か」について。

 ギルドマスターの反応からして、そいつ本人からの依頼があったと考えて間違いない。

 だとすると、貴族の関係者。かなりの金が動くだろう。

 アルテーロの罠士ギルドくらい丸ごと雇われてもおかしくはない。


「……となると」

「罠士ギルドに殴り込むってのは駄目よ」

「何故だ?」

 

 振り返るアルフレッドにヒルダは呆れたような表情を向け「当然でしょ」と答える。


「あのね。あくまで罠士ギルドは真っ当な組織なのよ。殴り込みなんかしたら、アンタが捕まるわよ」

「……理屈に合わないな」

「そういうものなの。罠士ギルドを告発しようとして葬られた奴の話なんて、売るほどあるわよ」


 罠士ギルドの裏の顔……つまり窃盗、誘拐、暗殺などの汚れ仕事のことだが、その依頼者は大抵が権力者達だ。

 勿論幾つものルートを経由してはいるが、その元締めが罠士ギルドであることなど明らか。

 明らかでありながら、権力者と互いに喉元にナイフを突きつけ合うような形で罠士ギルドは存在している。

 誰かが自分達を潰そうとするならその誰かの敵に味方して「誰か」を潰し、自分達に利益を与えるならばそれに見合った働きをする。

 そういう関係で、ずっと罠士ギルドはグレーな領域を歩き続けている。

 しかしグレーであろうと黒ではない。つまりは、そういうことなのだ。


「……だとすると、迎撃するしかないということか?」

「そうよ。でも、あの森の盗賊連中を相手にするのとはわけが違うわよ」


 暗殺専門の連中はプロだ。どんな手口を使ってくるのかはヒルダにも想像ができない。

 いくらアルフレッドが強いといっても、隙を突かれればやられてしまう可能性だってある。


「いくらアンタだって、寝てる間に気を張ってるわけにもいかないでしょ?」

「確かにな。ふむ……」


 流石にアルフレッドも、寝ながら戦うような技術は持っていない。

 ひょっとしたら英雄の誰かが持っているかもしれないが……少なくとも、これまでの会話の中で反応した力はない。


「……まあ、いい。とりあえずは君の家に戻ろう。いや、あれは罠士ギルドの紹介なんだったか?」

「そこは大丈夫よ。それはそれ、これはこれが罠士ギルドの精神だもの。紹介した物件を悪用して何かをしたってなると罠士ギルド全体の恥。意地でもやんないはずよ」


 万が一それをやれば、アルテーロの罠士ギルド自体が他の罠士ギルドから敵視される。故に、それだけはないとヒルダは言い切れる。


「ならば安心だな。暗くなる前に戻ろう」

「そうね。あ、そういえば帰りはもう少し手加減し……きゃあああああ!」


 再びズドンッという爆発するような音と共にスレイプニルが走り出す。

 走って、走って。気が付いたらもう町の門の前。

 アルフレッドとスレイプニルの姿に気付いて慌てて駆け寄ってくる警備兵にアルフレッドは軽く手をあげるが、警備兵は渋い顔だ。


「……町の裏手で空飛ぶ馬を見たという報告があがってるんだが……貴方達ですか?」

「ああ、ちょっと馬の訓練をしていてな。何処までやれるか確かめていたら興がのってしまった。すまないな」


 アルフレッドがしれっとした顔でそんな事を言うと、警備兵は苦々しい顔をした後に溜息をつく。


「いや……そりゃあね? 町壁を馬で飛び越すなって法律はありませんよ。乗り越えるなって法律はありますが、まさかあの高さを馬で跳ぶ人がいるなんざ想定してませんしね?」

「そうか。法を破ることにならなくて幸いだ」

「そうですね。でもまあ、次からはやめてください。馬で飛び越せる程度の町壁なんて噂が立つのも面倒ですから」

「ああ、理解している」

「頼みますよ?」


 通ってください、と言う警備兵に頷きアルフレッドは門を通り町中に入り……そこで、ぐったりとしたヒルダへと囁く。


「……町に入るなり嫌な視線を感じるようになったな」

「反応しなくていいわよ。むしろ気付かれてないと思わせるくらいでいいわ」


 下手に警戒されても困る。出来ればナメていてくれるくらいで丁度いい。

 そんな事を考えながら囁き返したヒルダは、それとは別の視線も飛んできている事に気付く。


「あ、そっか。アンタ美形だもんね……」

「何の話だ?」


 事情を知らない他人から見れば、噂の騎士様と馬で遠乗り。しかも二人乗り。

 そんな風に見えることに気付いたヒルダは、どっと疲れたように深い息を吐く。

 嫉妬。そんな視線を向けられる日が来るとは、想像もしたことがなかったのだ。

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