第一の襲撃者
そうしてヒルダの家まで戻ってきたアルフレッド達だが……アルフレッドがスレイプニルに何かを囁いているのを見て、ヒルダは鍵を開けようとした手を止めて振り返る。
「何してんの?」
「ん? いや、スレイプニルにも見張りをして貰おうかと思ってな」
「……言葉通じるの? それ」
「ああ。こちらの言う事を理解している。かなり頭がいいぞ」
「あ、そう……うん。なんかもう驚かないわ」
頷くスレイプニルと何やら話し合っているアルフレッドをそのままに、ヒルダは扉に向き直り……鍵を開けようとした手が止まる。
「……そういう手でくるかあ……」
「どうした?」
扉から目を離さぬままじりじりと下がってくるヒルダを抱き留め、アルフレッドは扉へと視線を向ける。
「あの扉に何かあったのか?」
「鍵開け道具を突っ込んだ形跡がある。たぶん中に居るわね」
「……そういうのは無いんじゃ無かったのか?」
「鍵を融通することはないってだけの話よ。鍵開け道具で突破する分にはオッケーってことでしょうね」
「そうか」
アルフレッドは短く頷くと剣を抜こうとして……その手をヒルダに抑えられる。
「ちょっと、扉斬るとかやめてよ? あくまで借家なんだから」
「だが、奇襲というのは最初の一手が大事だぞ?」
「もっと何かあるでしょ……!」
ぼそぼそと囁き合うアルフレッドとヒルダだったが、そのうちアルフレッドは何かを思いついたように「分かった」と頷く。
「要は扉を壊さずに入口の安全が確認できればいいわけだな?」
「え? まあ。でも気配読むとか言わないでよ。向こうだって気配消すくらい」
「いや、そんな事をする必要はない……
「げっ」
透視能力を持っているとアルフレッドが言っていたソレを目にして、ヒルダは思わず自分の身体を隠す。
だがアルフレッドはヒルダを一瞬も見ることもなく入口をじっと見つめ「ふむ」と呟く。
「扉を開けても問題はなさそうだが……念のため俺が開けよう。ヒルダ、鍵を」
「う、うん。ねえ、それ着けたまま絶対こっち見ないでよね」
「もう制御出来ているから問題ないんだが……まあ、了解した」
後ろ手で鍵を受け取ったアルフレッドは鍵を開け、そのまま扉を開いて家の中へと入っていく。
一般家庭の家同様にヒルダの家もまた一階は台所や居間などのスペースとなっており、周囲を見回していたアルフレッドは静かに剣を抜き「
それと同時にアルフレッドの剣が帯電する突撃槍へと変化し、その重たげな槍を構えながらアルフレッドは朗々とした声で周囲へと宣言する。
「潜む者達に告げる。大人しく出てこい……そうでなくば名乗りの名誉すら与えられぬと知れ!」
言われた所で、出てくるはずがない。
潜んでいる場所が分からないからあんな事を言っている。そう考えて当然だからだ。
しかし、違う。
違うということが、潜む者達には分からない。
アルフレッドの着けている第三の目。
数ある能力の一つとして備えた透視能力を始めとした各種の対人感知能力。
見えざるものを見る第三の目は、浅はかな潜伏者達を完全に見通している。
彼等だけがそれに気づいていないから。
アルフレッドからはほくそ笑む彼等が丸見えだから。
だからこそ、アルフレッドはスパークランスを静かに構える。
「……警告はしたぞ」
スパークランスが青白いスパークの輝きを強くし、バチバチと音を立て始める。
電脳戦記アルゴにおいて、主人公が電脳世界と呼ばれる異世界で使用する武器、スパークランス。
作品世界で使用されたその能力の一つは……敵へと向かう電撃!
「ランスヴォルト!」
「ぐ、がああああ!?」
タンスの中に隠れていた潜伏者が絶叫をあげ、それと同時に他の潜伏者達が襲撃者へと変わる。
攻撃の瞬間にこそ隙が出来る。大きな攻撃ほど連発できない。倒したと思った瞬間こそ油断が出来る。
そうした様々な判断理由がそこにはあっただろう。やるなら今しかないと思わされたのもあるだろう。
しかし、しかしだ。彼等はアルフレッドを……そしてアルフレッドに託された第三の目を、そしてスパークランスを甘く見すぎていた。
何故なら、第三の目は彼等全員を捉えている。
何故なら、スパークランスはすでにリチャージが完了している。
故に、故に。
「ランススパーク!」
「があああ!」
「ぐあ!」
「がっ……」
襲撃者を狙い撃つように分散した電撃が彼等を撃ち、床へと叩き付ける。
それで、決着。
周囲を用心深く見回したアルフレッドはもう襲撃者が隠れていない事を確認すると「入ってきていいぞ」とヒルダへと呼びかける。
するとヒルダも安心したのか入ってきて……アルフレッドの額の第三の目を見て慌てたように体を両手で隠す。
「ちょ、まだそれ着けてたの!?」
「心配はいらない、透視能力は止めている」
「本当でしょうね……って、あれ?」
倒れた襲撃者達を見て、ヒルダは意外そうな声をあげる。
「どうした?」
「うん……こいつら、暗殺専門の連中じゃないわね」
ヒルダも全員を知っているわけではないが、この男達は普通の罠士であり、時には盗賊でもあった男達のはずだ。
いわばヒルダの同類だが……そんなものまで出てきているとなると、いよいよ大事だ。
「相当な金バラまいてるわね……そんなに忠誠心強い奴なのかしら」
呟きながら倒れた襲撃者達を検分するヒルダの顔の横に、スパークランスがそっと添えられる。
バチバチと鳴る電撃を間近にして、ヒルダは思わず冷や汗を流しながら襲撃者の懐に突っ込んでいた手をそっと抜く。
「な、なによお。いいじゃない、迷惑料くらい貰ったって」
「駄目だ。俺達は盗賊じゃない……それに、そいつらには俺達への襲撃を諦めさせる役割がある。恨まれてどうする」
「でも、きっと前払いで貰った金持ってるわよ? 今貰っちゃえば相当な稼ぎに……ちょっと、分かったから無言でそのバチバチ強くするのやめてよ! 怖いのよ!」
両手を上げながら慌てて離れていくヒルダを見て、アルフレッドはふうと息を吐く。
今回は殺さなかった。しかし、殺そうと思えばいつでも殺せた。
だから、今のうちに諦めろという警告が伝わればいいのだが……と。
そんな淡い期待が叶うかどうかは、今は分かるはずもなかった。
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