蒼き海の凱歌
バッサーレへの道
街道を馬車が行く。
真新しいその馬車は立派な騎士を御者にして、ガラガラと進んでいく。
赤い鎧を着たその騎士の名は、アルフレッド。いかにも立派な騎士に見えるアルフレッドが御者をしている姿は奇妙ではあるが、鎧を着込んだ冒険者の類と思えば「よくある光景」に落ち着く。
「それにしてもアンタ、馬車の運転もできるのねー」
「ああ」
言いながら、アルフレッドは後ろのヒルダに答える。
勿論アルフレッドは馬車の運転などしたことはない。ないが、何故か「出来る」と分かっていた。
恐らくはアルフレッドが与えられた力の一つであるのだろうが、わざわざそれを言うつもりもない。
「それより、道はこれで合っているのか?」
「うん、問題ないわよ。このまま道なりに真っすぐ。横道は幾つかあるけど、大きな道だけ進んでいけば間違いないはずよ」
港町バッサーレへは馬車でおよそ一週間といったところだが、今日で三日目。今のところ行程は順調だった。
「それにしてもさー。お嬢様フッちゃって本当によかったの? ついてきかねない勢いだったじゃない」
アルテーロの町長の娘の事を思い出しながらヒルダが問えば、アルフレッドは「当然だ」と返してくる。
「今の俺は色恋に現を抜かす余裕はないし、幸せにできる自信もない。そんな俺と一緒にいたところで不幸になるだけだ」
「ふーん? でもそういうのが好きだっていう話なんじゃないの?」
「どうかな。俺はアレに似ていると思うが」
「アレ?」
「お前の家にあっただろう。あのボロボロの英雄譚。竜殺しのアダートとかいう……」
「ちょっ……!」
旅に出る前に捨ててきたはずの本の題名を口にされ、ヒルダは思わず言葉に詰まる。
こっそり捨てたはずだが、いつの間に見られていたというのか。
「俺もアレを読んでみたが、助けられた姫がアダートに恋をするだろう? だがそれは果たして恋なのか……助けられた喜びを恋と混同しているのではないかと」
「いやちょっと待って、なんで内容まで読み込んでるのよ。いつの間に読んだのよ」
「ん? ああ。随分読み込んだ本なのに捨てていいのかと思ってな。中を確かめてみたんだが……」
やはり与えられた能力のせいなのか短時間で読み込んでしまったアルフレッドはすでに内容を完璧に覚えてはいるが、ヒルダはそれどころではない。
「ち、違うのよ!? 別にああいうのがあたしの好みってわけじゃなくて!」
「君とて正義の物語を好む一人の人間という話だろう? 恥じる事はない」
「ああ、いや好みってのは……うん、そぉね。ていうか、アンタならドラゴンでも屠りそうよね」
「どうかな。本物に会ったことがないから何とも言えないが」
「そりゃそうでしょ」
ドラゴンといえば、モンスターの中でも特に強いとされる種類だ。
勿論強さも様々であり、ドラゴンナイトが乗るようなものから巨大で強い、それこそ英雄譚に出てくるような巨竜まで様々だ。
もどき、と呼ばれるものや亜竜を含めれば更にその種類は膨大。
しかしこの場合でいうドラゴン……巨竜はほとんど目撃証言がない。
会えば死ぬと言われているからでもあり、人間の前に姿を現すこともないからだ。
例外といえば海竜と呼ばれるような類のものだろうが、それだって気軽に会いに行くようなものでもない。むしろ、会わないように必死で祈るくらいだ。
ドラゴンライダーのドラゴン……飛竜でさえ人間の手に余る強さと言われているのだから、それを屠る巨竜や海竜の強さは推して知るべし、である。
そんなものを恐れて対策するよりは盗賊対策の方がよほど現実的であり、護衛にわざわざドラゴン殺し用の巨大武器を持ってくる馬鹿は居ない。
つまるところ、ドラゴンとはそういう類のものなのだ。
「ああいうのは本物に中々会わないから皆憧れるのよ。でも王都ならドラゴンライダーに会えるんじゃない?」
飛竜と心通わせるドラゴンライダーは才能が必要だが、大抵は高額で国や貴族に囲われる。やはり簡単に会えるものではないが……巨竜や海竜に比べれば多少は現実的だ。
「ドラゴンライダー、か」
「あ、ちょっと待って」
そこで嫌な予感がして、ヒルダは身を乗り出しアルフレッドの肩を掴む。
「……まさかアンタ、あのスレイプニルとかいう馬みたいにドラゴン隠し持ってないでしょうね?」
「どうかな」
「いや、どうかなじゃなくて。答えなさいよ。え、まさかマジ? マジなの?」
「さてな」
「ちょっと! それ町中でいきなり出したりするんじゃないわよ!?」
「俺をなんだと思ってるんだ」
そんな会話を交わしながら馬車は進み……ヒルダがアルフレッドをガクガクと揺らし始めた辺りで、アルフレッドは馬車を止める。
「待て」
「何よ!」
「今、何か聞こえた」
「え?」
言われてヒルダが耳を澄ますと……なるほど、確かに何かの音が聞こえてくる。
「……こりゃ、前の方で馬車が襲われてるわね」
「盗賊か」
そう呟くとアルフレッドは馬車を降り、何度も乗ったスレイプニルを呼び出す。
「
現れたスレイプニルに馬車を引いていた馬が驚いたように嘶くが、最高の軍馬たるスレイプニルの威光に気圧され無理矢理落ち着かされる。
「ちょ、ちょっと。そいつで向かうっての? 言っとくけど、馬車襲われたらあたし一人じゃ」
「いや。スレイプニルは護衛に残す。君は一緒にゆっくり来てくれればいい」
「は?」
「行ってくる」
ズドン、と凄まじい音を立てて走りだしたアルフレッドを唖然とした顔で見送りながら、ヒルダは馬車の横に居るスレイプニルへと振り向く。
「……アンタのご主人様、つくづく非常識よね」
「ブルルルッ」
肯定したのか否定したのかは不明だが。
スレイプニルは嘶くと、馬車を先導するように前へと移動するのだった。
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