アルテーロ解決編:旅へ出よう

「本当に馬車運んできやがったわ……」

「お買い上げありがとうございます! 品物のリストですが、こちらになります」


 満面の笑顔の職員からリストを受け取ったヒルダは目を通し、ふうと息を吐く。


「……確かに必要なものは全部揃ってるわね。衣服類はなんでサイズ分かってるのか聞きたくないけど」

「見れば大体正確に分かります」

「聞きたくないって言ったでしょ。もう積んであるの?」

「はい、確認されますか?」

「いらないわ。その辺はギルドの信用にかけてやってるでしょうし」


 連れてきたヒルダの馬を馬車に繋いでいる職員達を見ながら、ヒルダは再度息を吐く。

 非常に不本意ながら、アルフレッドの旅の準備はこれで全て整ってしまった。

 あとはヒルダの荷物を積めば完璧だし、それをやっても大丈夫なほどに馬車には積載量がある。

 二人で旅をするには少し立派すぎる程の……そんな馬車が今、目の前にある。


「そういえば、先程の立派な馬のほうでなくて宜しかったんですか?」

「あー、いいのよアレは」


 スレイプニルなんか繋いだら、馬車がスピードに耐えきれず崩壊しかねない。

 苦笑いするヒルダに職員は「そうですか」と頷き、そうしている間にも馬車の用意がすべて完了する。


「そういえばアルフレッド様はこれから何処に向かわれるのですか?」

「特に決めてはいないな。だが何かしらの問題がある場所があるようなら其処に向かおうと思っているが……」


 止めようとしたヒルダの努力も空しく、アルフレッドはそんな事をサラリと答えるが、職員はその言葉に意外にも悩むような表情を見せる。


「問題のある場所、ですか……」

「無いのか?」


 それはそれで平和でいい。そんな事を考えるアルフレッドだったが、職員は首を横に振る。


「いいえ。むしろ多すぎるといいますか。世に揉め事の種は尽きないとは申しますが、おかげさまで商売繁盛しております」

「そうか」


 盗賊やモンスターに限っても無数の依頼が各地の戦士ギルドに持ち込まれている。このアルテーロの戦士ギルドだって、昨夜からの警備依頼や護衛依頼でほとんどの人間が出払っている。そういう依頼……たとえば護衛依頼がないわけではないが、町の英雄たるアルフレッドにそれを斡旋するのは職員も気が引けた。


「そうですね……もっと大きな町であればアルフレッド様のお求めになる情報も集まりやすいかと思います」


 そう言うと、職員は幾つかの町の名前をあげる。

 大きな港があり、漁業で栄える町バッサーレ。

 未開発の荒野が広がる辺境都市ウルボス。

 この国……マルタ王国の王都であるセレリア。


「そうですね。バッサーレであれば交易船も稀にきますので、広く情報が入るかもしれません」


 勿論ウルボスでもいいだろう。辺境にはモンスターの問題が常にあり、戦士ギルドには依頼が絶えない。

 変異種が出る事もあるし、「問題」という点では発生しやすい地域でもある。

 セレリアに行ったっていい。王都は国の中心であり、様々な情報が入ってくる。

 あるいは、他の二都市よりも大きな情報があるかもしれない。


「……ふむ」

「意外ね。塩漬けの依頼とか押し付けてくると思ったけど」

「ウチは優秀なんで、そんな依頼はありませんよ?」

「どうだか」


 笑顔で睨み合う職員とヒルダをそのままに、アルフレッドは悩み……やがて、一つの結論を導き出す。


「バッサーレに行くとしよう」

「一応聞くけど、どうして?」


 見上げてくるヒルダに、アルフレッドは「勘だ」と答える。


「他の都市でも良さそうではあるが、船が来るのは其処だけだろう? 他にはない情報が転がっているかもしれない」

「うーん……まあ、交易船が来れば国外の情報は入るけど……」


 それに、問題も確実にある。船のあるところ海賊があるというように、バッサーレ近隣の船を襲う海賊も当然のように居る。

 マルタ王国は海軍に力を入れていないから海賊も調子にのっている部分はあるが……そんなところにアルフレッドを連れていけばどうなるかは目に見えている。

 ただでさえ、今回の騒動がどこまで広がるか不明なのだ。


「んー……」

「反対なのか?」


 聞いてくるアルフレッドに再度「うーん」と唸ると、ヒルダは考えを巡らせる。

 どうせアルフレッドは放っておいても有名になる。となると、海賊騒ぎを解決するのもある種の名声稼ぎになる可能性が高い。

 問題はそこに自分がどう絡んでいくかだが……。


「そうね。じゃあバッサーレにしましょ。魚も美味しいし」


 明日香から預かった三枚の符の事を思い出しながら、ヒルダは頷く。

 海の盗賊である海賊相手に自分がどの程度役に立つかは分からないが、少なくとも宝を貯め込んでるだろう事だけは確かだ。

 ならば、それを頂いてしまうというのも悪くはない。


「ということになったようだ。そのバッサーレまでの道だが……」

「簡易的な地図でよろしければ、3千イエンでお譲りしております」


 笑顔で答える職員にヒルダが数枚の銀貨を渡すと、「お買い上げありがとうございます」と答えて建物の中へと戻っていく。


「ま、今回はタダ働きみたいなもんだったけど。次の町ではしっかり稼ぎましょ?」

「そればかりというわけにもいかないが……君に使わせてしまった分くらいはな」

「分かってるわよ。精々正義を守って、お金もどっさりと……ね」


 笑うヒルダにアルフレッドが「そう上手くいけばいいが」と呟き、ヒルダが「上手くいかせるのよ」と返す。

 こうして、奇妙な出会い方をした二人の冒険は……今、幕を開けたのだった。

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