魔境消えし後に
穏やかな海に、3体の巨人が現れる。
海の中から現れ、2体は空中へ。1体は海の上で船の形へと変形する。
天魔星レヴィウス、水魔星アクエリオス、そしてヴァルツオーネ。
そのうちの1体……レヴィウスの姿が光と消えアルフレッドと陽子がヴァルツオーネの甲板へと着地すると、アクエリオスからセレナとヒルダも転送されてくる。
それと同時にアクエリオスの姿が異空間へと消えていくが……そんなセレナとヒルダの何処となくぎこちない様な、あるいは険悪にも見える様子を見て陽子が「ん?」と声をあげる。
「2人とも、なんかあった?」
「……なにもないわよ」
「そうですね、何もありませんでした」
「そう? そういう風には見えないけど……」
言いながら陽子はアルフレッドをチラリと見上げるが、アルフレッドはそんな陽子の視線に首を傾げてみせている。
アルフレッドの正義センサー(陽子命名)に引っかかっていないということは、そういう類のものではないのだろう。
短い付き合いながらそこまで見抜いた陽子は溜息をつくと「そっか」と頷く。
「ま、いいわ。これで全部終わったってことでいいのよね?」
「恐らくは、そうだろうな」
「何よ。歯切れ悪いわね」
まさかまだ何か居る事を警戒しているのか。そんな意味を込めて陽子が問いかければ、アルフレッドは海を見ながら「そういうわけではないが……」と呟く。
「今回の依頼はそもそも、海賊の討伐だった」
「みたいね?」
「だが海賊ではなく海竜の可能性もありということで、その討伐となったわけだが……」
「うん?」
アルフレッドが何を言いたいのか分からず陽子とセレナは首を傾げるが、ヒルダがそこで「あっ」声をあげる。
「そうか、それよ! どうやって証明すんのよ!」
「そうだ。異界を構成する巨大深海生物。それが全ての原因であり確実に討伐したという証拠が何もない」
「あー……」
「一片残らず星斬剣で処分してしまいましたものね……」
陽子とセレナもようやくそれに気づくが、そこから生じる損害まで計算したヒルダは唸りながら頭を抱えてしまっている。
「そうよ、せめて触手の一本でもありゃ証拠になったのに……! あのシブチン、絶対出さないわよ!?」
「事件を解決できたのはよかったが……これでは不安の払拭とはなるまい」
「そんなもん、しばらくほっといて何も起こらなきゃ「よかった」で済むわよ!」
「そうか」
「そうよ!」
頷くアルフレッドにヒルダは天を仰ぎ「あー……」と溜息をつく。
間違いない。
間違いなく事件は解決した。
そして、間違いなく漁業ギルドマスターは金を出さない。
それはそうだ。ヒルダだって出さない。
証拠はないが事件は解決したなどと言われて、何処の誰が金を出すものか。
つまり、そこから分かる事は。
「……タダ働き確定だわ」
「すまないな……」
ガクリと崩れ落ちるヒルダにアルフレッドは申し訳なさそうにヒルダを見つめる。
「……別にいいわよ。なんとなーく、そういう事になる予感もしてたわ」
要は、アルフレッドは本当に「英雄」なのだ。
そこに求めるべき対価はなく、なのに対価に換算するならば一財産は築けそうな働きをしてしまう。
物語の英雄達がそうであるように、アルフレッドもまたそうなのだ。
「いっそ、本当に海竜でも出てきてくれればそいつのせいにして稼げるのに……」
「そんな事言ってると出てくるかもしれないわよ?」
「出てきてくれてもいいわよ。あの巨人で一撃でしょ?」
不貞腐れた様子のヒルダを陽子が撫で、セレナがクスクスと笑う。
「……それなら海竜探しでもするか? そのくらいならやってもいいように思うが」
「何言ってんのよ。海竜探すくらいなら沈没船の財宝でも探した方が余程可能性あるわよ」
「そんなにか?」
「簡単に出会うような相手だったら誰も海になんか出ないっての」
なるほど、言われてみると納得だ。ちょっとそこまで行く感覚で海竜に出会ってしまうのであれば、漁はともかく交易船など誰も出そうとはしない。
沈められたら破産確定の大損害だし、海竜を倒せると夢見る人間は少ない。
おつかい感覚で挑めるアルフレッドが実力的に異常なだけなのだ。
「ふむ。しかし……」
まだ悩んでいる様子のアルフレッドに、ヒルダは振り向いて溜息をつく。
「だからいいってば。大きく稼ごうとするからこうなるのよ。もうちょい細かく稼げば問題ないわ」
「どうかなあ……」
小さな事件でも大きくなるような気がするな、と。そう言いかけた陽子はヒルダに睨まれて降参するように両手をあげる。
「あ、それと!」
言いながら、ヒルダはセレナに指を突き付ける。
「こいつの相棒の座は渡さないわよ!」
「え、そんな話になってたの?」
「ふふ」
興味津々の陽子にヒルダは微笑で返すが、ヒルダはそれを無視する。
「そりゃ実力ではあたしは雑魚よ! もう世界中探してもあたしくらいの雑魚は居ないわ!」
「自慢にはならないわねー……」
「でも! あたしは金稼ぎが得意よ! 交渉も出来るしダーティな事にも躊躇いはないわ! アンタにそれ出来るの!?」
セレナに詰め寄るヒルダとは逆に、陽子はそっとアルフレッドに近づいていく。
「ねえねえ、なんであの子連れてるの? なんとなく気付いてたけど小悪党系よね?」
「……成り行きだな」
「聞こえてるわよ!」
陽子とアルフレッドを睨みつけると、ヒルダは再びセレナへと向き直る。
「で、どうなのよ」
「……確かに、私は真っ当な手段でしか稼げませんね。しかし、それが何か? むしろその方がいいと思いますが」
「違うわよ。いい? アルフレッドはね……正義バカよ。正義感の赴くままに動くから、他のものが何にもないの。知ってる? アイツこの前、キャベツ丸ごと煮込もうとしたのよ!? 戦いに関するもの以外は全部ポンコツよ!?」
集まる視線にアルフレッドはふいと視線を逸らす。
仕方ないのだ。「料理」という知識は知っていても、実践経験は無いに等しいのだから。
「あたしは全部サポート出来るわ。アンタに出来る? あの正義バカを養う事!」
「……酷い言い様だ」
「いやあ……私も擁護できないなあ……」
苦笑する陽子にアルフレッドは心外だという顔をするが、セレナも困ったように……しかし楽しそうにクスクスと笑う。
「なるほど、そういう方向性で固まりましたか」
「は?」
「出来ないとは言いません。こう見えて私、世話焼きですから。ですが……」
言いながら、セレナは髪をかきあげる。
「どうやら私が加わる運命に、今はありません。ならばアルフレッド様の隣に……いいえ、後ろに立つ役は、貴女にお任せしましょう」
「……含む言い方するわね」
「占術士ですから」
悪戯っぽく笑うセレナに、ヒルダは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……結局、どういう話だったんだ?」
そんな事を言うアルフレッドの頭を陽子が叩いたのはまあ……当然の対応だっただろうか。
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