そして、次の旅立ちへ

 そして、予想されていたことではあるが……やはり報酬は手に入らないようだった。

 近づくものを引きずり込む異界、そして触手持つ巨大な異界の主。

 そんなものを信じて貰えるわけもなく、一応話してはみても漁業ギルドのマスターは胡散臭げな表情を崩しはしなかった。

 勿論セレナの口添えもあったが……それでも、そんなものがいたと彼の常識では信じられなかったようだ。


「……悪いが、その報告内容では報酬は払えない。いや、嘘をついていると思っているわけじゃない。だが当事者以外が聞けば与太話にしか思えないだろう」

「ま、そうでしょうね」


 勿論ヒルダもそれは予想していた。だからこそ、そう冷静に返す余裕もあった。


「たとえ真実であろうと、周りが納得しない金を出すわけにはいかない。アンタの立場が揺らぐものね」

「そうだ。立場だけで済めばいいが、最悪詐欺に加担したとして俺は牢獄だ。故に出せん。その触手とやらがあれば話も違うんだが」

「あるわけないでしょー? どうやって持って帰ってこいってのよ」

「まあな……」

 

 溜息のような……そんな長い息をギルドマスターは吐く。

 彼とて外道ではない。本当に解決したのであれば払いたい気持ちはあるのだが、彼自身信じられていない話に金を出すわけにはいかないのだ。


「……だが、本当に解決したのであれば漁の問題も全て解決するだろう。交易船も……戻ってくるはずだ。そうなれば約束した金額には遠く及ばないが、協力金という形でいくらか渡すことは出来る」

「必要ないわよ。そんなもん、どれだけ時間かかると思ってんのよ」

「だろうな……」


 すまん、と頭を下げるギルドマスターにヒルダは舌打ちする。

 こういう展開になるのは分かっていた。

 だからこそ来たくはなかったのだが、報告も無しで立ち去れば「解決できずに逃げた」という扱いになる。

 形だけでも「完了した」という扱いにしなければ、今後の活動に差し障るのだ。


「……じゃあ、依頼としてはこれで完了ってことでいいわよね?」

「ああ、報告は受けた。敵影確認できず、という形にはなるがな」

「そ。既定の調査費くらいは寄越すんでしょうね?」

「ああ、これだ」


 机の上に放られた袋を開けると、何枚かの金貨が入っている。


「10万イエン、ね……ま、いいわ」


 袋を掴むと、ヒルダは席を立ち身を翻す。セレナもその後に続き……漁業ギルドを少し出た辺りで、ヒルダは盛大に溜息をつく。


「……ったく。あんな大冒険の報酬には見合ってないわね」

「不満ですか?」

「不満に決まってるでしょ。でもまあ、これ以外の決着が無い事くらいは分かってるのよ」


 現実的に考えて、漁業ギルドのマスターは見せられる誠意は見せた。

 あんな化物の話など信じられないのが普通で、実際にその目で見なければ誰もがほら話と一笑に付すだろう。

 酒場でそういう吟遊詩人の唄を楽しみはしても、仕事として聞いた時に金を払えるものではない……ということだ。


「でも、それが分かってても不満なものは不満よ。だってそれって、誰もアルフレッドのやったことを認めないってことじゃない」

「……そうですね」


 金ではなくアルフレッド、と言うヒルダにセレナは何も言わずに頷く。

 セレナの目から見ても小悪党なヒルダではあるが、アルフレッドの正義漢な性格に引っ張られている部分はあるのだろう。

 元々の小悪党な性格と混ざってどういう風に変化していくのか興味はある。


「って、あら。アルフレッド?」


 道の先に立っていたアルフレッドを見つけて、ヒルダが駆け寄っていく。

 

「どうしたのよ。宿で待ってろって言ったじゃない」

「そういうわけにもいかないだろう。とはいえ、君の邪魔をするわけにもいかなくてな……」

「あっきれた。それでこんな所に居たってわけ?」

「……そうだ」

「しょうもないわねー」


 アルフレッドをバシバシと叩くヒルダは、何処となく嬉しそうだ。

 アルフレッドが心の底から心配してくれていたというのが分かるからだろう。

 その表情には、隠し切れない笑みがある。


「まあ、いいわ。この町での騒動も終わったし、次行きましょ」

「次、か……」


 次はどうしたものか。そんな事を考えて、アルフレッドはセレナに視線を向ける。


「君も来るか?」

「ちょっと、アルフレッド」


 そんなの誘わなくていいわよ、と言いたげなヒルダだったが、アルフレッドは本気だ。

 セレナの力は強く、尚且つ正義を為す意思もある。

 ならば共に旅をすれば大きな力になるだろうと考えていた。

 ……だが、セレナはゆっくりと首を横に振る。


「いいえ、アルフレッド様。私は貴方と共には参りません」

「……理由を、聞いても?」

「ええ、簡単です。私と貴方の正義は、何処かで衝突するでしょう。その時に、私は貴方に合わせる柔軟性を持ち合わせておりません」


 その証明が、ヒルダという少女だった。

 セレナは、正直に言ってヒルダという少女と出会ったのであれば「いつでも処分できるリスト」に加えていただろう。

 あるいは、敵に回った時点で殺しているかもしれない。

 だが、アルフレッドはそうしない。それは小さいようで、致命的な差でもあった。


「え、ちょっと待ってよ。じゃああの時の話はなんだったのよ」

「相棒の話ですか? 単純に貴女を試しただけですが」

「このやろう……」


 睨みつけるヒルダの視線をセレナは笑顔で受け流し、いつもの水晶玉を取り出す。


「私は貴方と共には参りませんが……次に進むべき道を占うくらいは出来ます」

「そんなのいらな」

「聞こう」


 ヒルダの口をさっと塞いだアルフレッドにヒルダはもがもがと抵抗するが、アルフレッドの手を外せる力がヒルダに備わっているはずもない。


「では、北の山脈を目指されると良いでしょう。その方角に、希望を求め彷徨う灯火があるのが見えます」

「北の山脈、か……」

「どうかお気をつけて。旅の無事を、祈っております」

「ああ。君も息災で」


 セレナは微笑み、そのまま身を翻す。

 その姿が見えなくなった頃……手の中で「もがー」と憤るヒルダの存在を思い出し、アルフレッドはヒルダを離す。


「ちょっと! あんたどっちの味方なのよ! 相棒はあたしでしょ!?」


 地団太を踏みながら叫ぶヒルダに、アルフレッドは少し考え……やがて、悪戯っぽくこう答えた。


「俺か? 俺は……正義の味方、だな」

「聞いてないのよそんなこと!」


 残念ながらヒルダにそんなアルフレッドの渾身の冗談は通用しなかったようだが……海は平穏を取り戻し、空は何処までも青く。

 風は、取り戻した平和を喜ぶかのように吹いていた。

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