ヒルダと明日香

「あ、良かった! 見つけ……って」


 ヒルダは馬を巧みに操りながら近づき……その光景を見て表情をピシリと固める。

 明日香に圧し掛かるアルフレッド。一瞬そういう風に見えたのも仕方のない事だが、すぐに慌てたように馬から降りてくる。


「え、えーと! どういう状況!? 迎えに来いって変な鳥が言ってたけど!」

「見ての通り、コレ重くて動かないのよ。とりあえず、どかしてくれない?」

「あー……えっと、そうよね」


 ヒルダは明日香とアルフレッドの周りをウロウロと回ると、右腕を掴んで引っ張り始める。

 しかしながら鎧を着込んだアルフレッドは重く、中々動かない。

 仕方ないと今度は足を引っ張ってみるが、それで動くはずもない。


「ぜえ、ぜえ……何これ、超重いんだけど」

「やっぱりかー……仕方ないわね、ちょっと私の腰の鞄から符をとってくれない?」

「符?」

「うん、文字描いた紙なんだけど。確か何枚か入れてたと思うのよね、アレ」


 言われてヒルダはアルフレッドと地面の隙間……丁度明日香が挟まって出来た空間に腕を突っ込んで探り始めるが、やがて紙束の挟まった入れ物を引っ張り出す。


「えーと、これ? なんか偉そうな髭と、眼鏡のおっさんと……」

「あ、ちょっと! それ私の財布!」

「財布って。あ、ほんとだ。見たことないやつだけど銅貨とか銀貨とか入ってる」

「開けてんじゃないわよ!」


 明日香が自由になる手で印を結ぶと、先程ヒルダに伝言を伝えた式神が飛んできてヒルダの頭を突き始める。


「ちょ、痛! いたた! 何この鳥!」

「端的に言うけど時間ないの! 財布はそこ置いといていいから、早く符をとって!」

「いたた、いた! 分かった、分かったわよ! 分かったからこの鳥なんとか……いたたたた!」


 キツツキの如くヒルダを自分を突く鳥に耐えかね、ヒルダは慌てたように手を突っ込むと明日香の鞄から複数枚の符を掴み出す。


「こ、これでいいの!? ていうか何枚かあるけど、どれ!? いたた、ちょっとコレなんとかしてよ!」

「えーと……これね。剛力符、発!」


 符から流れ出た力が明日香を包むと、今までの苦労が嘘であるかのように明日香はアルフレッドを押し上げ這い出てくる。

 ようやく解放された喜びに明日香が大きく伸びをする間にも式神の鳥はヒルダを突いていたが、それに向かって一言明日香が唱えると鳥は符に戻りヒラヒラと地面に落ちる。


「うー……どういう魔法なのよソレ……」

「陰陽術よ。えーと……治癒符じゃないわよね、体内の気を整えるのは……」


 アルフレッドの前に膝をついてゴソゴソと何かを始める明日香を覗きながら、ヒルダは声をかける。

 陰陽術。聞いたことは無いが、符とかいう魔道具を使う技なのであろうとヒルダは思う。

 その手のものは魔力が少なくても使えるのが定番だが、アルフレッドの例もある。


「ねえ。それってさ、やっぱり魔力たくさん無いと使えなかったりするの?」

「んー……ん? なんで?」

「え? いや、なんていうか……嵩張りそうもないし、便利そうだなーって」

「ふーん?」


 アルフレッドを診る手を止めて、明日香はヒルダへと振り返る。


「魔力が無きゃ使えない技も多いけど、符に限定するなら必要なのは正しい知識くらいよ。例えばの話、厄除けの符とかなら一般人が持ってても効果を発揮するしね」

「えっ。じゃ、じゃああたしでも使えるかしら?」

「んー」


 明日香は立ち上がると、そのままヒルダへと歩いていく。

 明日香はヒルダの鼻先まで顔を近づけ、静かな笑みを浮かべる。

 同じくらいの身長の二人ではあるが、明日香にはヒルダにはない不可思議な圧力があり……ヒルダは思わず気圧される。


「使えるか使えないかで言うなら「使える」が答えよ。子供が刃物振り回すのを「刃物を使える」って呼ぶならね」

「使いこなせはしないって、こと……?」

「大切なのは使う人間の心よ。陰陽術なんてのは光と闇の狭間にある力なの、「あたしでも」なんて心意気で使う奴は、すぐに闇の面に傾倒するわ。そしてそれは、決して許容できないの」


 知らずのうちに明日香の中にある許容できないラインに触れてしまったらしいと気付いたヒルダは思わず「ご、ごめん」と謝り……そんなヒルダに明日香はパッと明るい笑顔を浮かべる。


「気にしないでいいわよ。でも、なんで急にそんなこと?」

「え……っと」


 言い淀むヒルダの視線は、チラチラとアルフレッドへと向いて。

 その視線の先を追った明日香は、その笑顔を面白がるようなニンマリとしたものに変える。


「……ひょっとして、アルフレッドの為?」

「えっ。いやいやいや! そんなのじゃないわよ! ただちょっと、そのー。もうちょっと戦えたらなーとか何か手札があればなーって思っただけで!」

「うんうん。アルフレッド、顔はいいもんねー。でも正直私からすると彼氏としてはないかなーって思うんだけど」

「そ、そういうんじゃないってば!」

「聞いてるアルフレッド―! この子意外と尽くす系よー!」

「ちょっとコラ!」


 慌てて口を塞ごうとするヒルダの手をスルリと抜けて離れると、明日香は楽しそうに笑う。


「あはは! でもそういう事なら……陰陽術を教えるには時間が足りないけど、お守りくらいならあげるわ」

「お守り?」

「そうよ。三枚のお札……ってやつね。こっちの人には伝わらないだろうけど」


 そう言うと、明日香は三枚の符を取り出し明日香に握らせる。


「左から順に剛力符、金剛符、式神符。貴方、どうにも面白そうなのが憑いてるみたいだし……意外と凄い事になるかもしれないわよ?」

「凄い事って……え、なに。怖いんだけど」


 嫌そうな顔をするヒルダの肩を、明日香はポンポンと叩く。


「気にすることないわよ。とりあえず、アルフレッドの事は宜しくね?」

「またそんな……アンタも来るんでしょ? よく分かんないけど知り合いみたいだし」

「うーん」


 ヒルダの言葉に明日香は思わず苦笑する。

 説明してもいいのだが……詳しく言ったところで、通じるはずもない。

 となると、実際に見てもらった方が早いだろう。


「ま、そういうわけにもいかないってわけ。それよりその札の使い方、説明しとくわね。まずは……」


 そう誤魔化すと、明日香は札を一つ一つ指差して説明し始めるのだった。

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