戦いの後

 グラリと倒れるアルフレッドへと明日香は駆け寄り、その身体を慌てて支えようとする。

 アルフレッドが多少危ない倒れ方をしたくらいでどうにかなるとは明日香も考えてはいないが、だからといって無視できないのが人間というものだ。

 しかし、一般的成人男性であるアルフレッドと鎧を加えた総重量を「多少鍛えている」程度の少女な明日香に支えられるわけがない。

 アルフレッドに多少でも意識があれば別なのだろうが、そうではないから尚更だ。


「うっ、重っ……だめ、これダメ! あ……きゃうっ!」


 ズン、と重たげな音を立てて明日香はアルフレッドと共に地面に倒れこむ。

 その手の中では一枚の符が輝いており、そのせいか明日香には怪我一つない。

 金剛符。そう呼ばれる防御力を上昇させる符をこんな場面で使ってしまった事に溜息をつきながら、明日香はアルフレッドの身体にペタペタと触れて状態を確認する。


「んー……体内の気に乱れがあるみたいね。こっちだと魔力っていうんだったかしら、それの使い過ぎってこと……? まあ、無理もないけど……」


 これは当然の話なのだが、何事にもバランスというものが存在する。

 それは体内を流れる魔力も同じであり、たとえ人の基準から言えば無限に近い魔力量を誇るアルフレッドとはいえ魔力を一度に大量に使えば体内でのバランスが崩れやすくなる。

 もっと言えば、「生まれたて」に近いアルフレッドはそんな無茶に慣れていない。

 逆に言えば、これから先はこうなる事は少なくなっていくということだが……。


「まあ、これなら放っておけば治るだろうけど。問題はそれまでの話よねー」


 意識が戻るまで明日香が面倒を見れれば良いのだが、そういうわけにもいかない。

 今の明日香はアルフレッドによって呼び出された幻のようなものであり、限界が来れば自然と消える定めだ。

 アルフレッドの状態が正常であればともかく、今の状態では残り時間は然程ないだろう。

 長くて、明け方まで。そのくらいで限度といったところだ。

 勿論それは希望的観測に過ぎず今すぐ消える可能性だってあるし、この状態でモンスターに襲われでもしたら更に時間は短くなる。


「……んー。私が運ぶのは無理。こいつ重いし、安全な場所が何処かに分かんないし」


 選択と予測される結果を言葉にしながら、明日香はするべきことを整理する。

 この場でただ助けを待つというのも却下。その可能性がないとは言わないが、今すぐ来ると考えるのは希望的観測に過ぎる。

 大体、それで予測が外れた場合にジリ貧になる。


「となると、助けを呼ぶ……が妥当よね。といってもこの世界で知り合い……は……」


 言いながら、明日香はヒルダの姿を思い浮かべる。確かアルフレッドの仲間であるらしい彼女は生きてアルテーロの町にいるだろうし、助けを呼ぶ相手としては適切だろう。

 そして、助けを呼ぶ手段を明日香は持っている。


「えーと……お、あったあった」


 なんとか動かせる手で制服の中を探り、明日香は一枚の鳥の形に似せた符を取り出す。

 それはドーマが使っていたものとは異なるが「式神」と呼ばれる疑似生命体を造り出す技の依り代となる符だ。


「えーと……ヒルダさんへ。全部終わりました。アルフレッドを迎えに来てください。馬とか馬車とかあるといいんじゃないかと思います。立花……って言っても分かんないか。あー、えーと。アルフレッドの臨時の相棒より」


 明日香が魔力を込めていた符は明日香が最後に「発!」と唱えるとその手から舞い上がり、一羽の白い鳥の姿となって飛び立っていく。

 これで式神は明日香の知るヒルダの魔力を辿り、伝言を伝えてくれるだろう。あとはあのヒルダという女が口先だけの仲間でないのなら何らかの手段を講じてくれるはずだ。


「はー……それにしてもハードだわー。「私」にとっちゃ夢みたいなもんだけど、濃厚すぎでしょ」


 そう、此処にいる明日香と此処ではない場所で眠っている「本物の明日香」は繋がっている。

 この経験は彼女にフィードバックされ、やがて目覚める力となるはずだが……それにしてもハードに過ぎる。少なくとも陰陽師のやる仕事ではなかった。


「……ま、楽しかったからいいけど」


 明日香もアルフレッド同様、自分の抱える「事情」については知っている。

 だからこそ、今この全てが奇跡に近い事も理解している。

 やがて自分がこの世界に降り立つ日がきたとしても、そこから「元の世界」に帰る日は来ないのだということも。


「……」


 明日香は、空を見上げる。

 恐らくは、初めて見るはずの「本物」の空。

 自分の記憶にある「空」と比べて、やがて無意味だと溜息を吐く。

 意味はない。

 自分の記憶にある全ては偽物だった。家族、友人、学校……全ては作り物で、全ては虚構。

 その虚構の一つであるはずの道摩法師が何故この世界に居たのか。

 自分達と同じように誰かに呼び出されたのか……それとも。


「……ま、いいか。今のところ、それ考えるのは私の仕事じゃないし」


 思ったよりも早く式神が役目を果たした事に気付き、明日香は笑う。

 もっと時間がかかると思ったが……ヒルダは、明日香の想像以上に「仲間」であったらしい。


「アルフレッドー! 何処!?」


 聞こえてくる声と、馬の足音。

 それを聞きながら、明日香は「おーい、こっちよー!」と叫んだ。

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