次の村へ

 アルフレッド達の馬車は、町を離れ街道を進む。

 シェーラの用意した城壁山脈周辺の地図によれば、この道の先には村が一つあるはずだった。

 そこが無事とは限らない。限らないが……城壁山脈への登山口と言われる場所へ行くには、どのみち街道を通りその村を経由する必要があった。

 しっかりと整備された街道は通りやすく、しかし馬車や旅人の類とはすれ違う事が無い。


「……此処って観光地でしょ? 異常な状態よね」

「ドラゴンの事は公開されていますから。仕方ないでしょう」

「だとしてもよ」


 シェーラに、ヒルダはそう返す。

 そう、おかしいのだ。たとえドラゴンの存在が公表され、旅人が近寄らなかったとしてもだ。

 

「何がそんなにおかしいんだ?」

「アンタの思考」

「……」


 黙り込んでしまったアルフレッドに「冗談よ」と返すと、ヒルダは自分の考えを話し始める。


「いい? 確かにドラゴンの事が分かったら旅人は来ないかもしれないわよ? でも、それだけじゃないでしょ」

「と、いいますと……」

「一つは避難民。もう一つは盗賊よ」


 そう、避難民も見かけてはいない。

 もう逃げたというのであればいいが、その話を情報収集をしたのであろうシェーラが知らないのであれば考えられる可能性は限られている。

 すなわち、「反対側に逃げた」か「逃げられなかった」かだ。


「といっても、これは私達が判断しようもないわ。もう一つおかしいのは盗賊ね」


 たとえば全ての人間が避難するか消えるかすれば、商人は近づかない。

 そこに商機はないし、損をする可能性しかないからだ。

 だが、盗賊は違う。人の消えた村や町からは奪い放題だし、軍も近づかないのであればドラゴン襲来の可能性を考えても根城として最適だからだ。

 

 実際、あのモンスター達の出た町は何者かによって略奪された可能性が高かった。

 シェーラを誘拐した盗賊の馬車に現金を含めロクなものが無かった事からも、連中ではない「別の盗賊」の可能性が高い。

 しかし、あの村に盗賊は居なかった。もし盗賊行為を続ける為に移動していたとして、その痕跡や……あるいはそういう連中とすれ違っていてもおかしくはない。

 だが、そんな痕跡は何処にもないのだ。そいつらでなくとも、別の盗賊と遭遇していてもおかしくないのに……だ。


「別に盗賊が出ないのは良い事なのでは? そんなに居るものでもないでしょう」

「甘いわよ。軍が近寄らない町や村があるなんて知れたら、あっちこっちから盗賊が湧いて出てもおかしくないのよ。そういうのはすぐに情報拡散されるんだから。あの町だって、どっかの盗賊団の根城になってたっておかしくないんだから」


 だが、そうなってはいなかった。

 何処かの何者かが居たような気配こそあったが、人は居なかった。

 まあ、あの町でモンスターに殺され仲間入りしたというなら話は別なのだが……。


「意外とその可能性はあるかしらね。殺されてゴーストに……それが増えてああなったとしたら」

「いえ、その可能性は無いと思います」

「なんでよ」


 断言するシェーラにヒルダは聞き返すが、シェーラの顔は当然の事を言っているという風だ。


「何故から、あれがカースフレイムだったからです。あれは死の理由が火であった場合に発生します」

「だからでしょ?」

「いいえ。カースフレイムの火は他に延焼しません。カースフレイムの火は、カースフレイムとなった被害者の魂を焼き続けるだけの呪われし炎。故に、カースフレイムによる被害者はゴーストやゾンビになったとしても、カースフレイムにだけはなりません」


 その説明に、ヒルダは「うーん」と唸る。

 それが正しいならば、あのカースフレイムの群れは町に居てドラゴンに焼かれたか何かした人間達のみ、ということになる。

 まさか盗賊共が焼かれた町で更に焼かれて死んだという可能性は……ないとは言わないが、低いようにも思う。


「とすると、あの町で略奪した盗賊連中は夜を待たずに次の町に出発したってこと……?」


 そんな仕事熱心な盗賊団がいるだろうか?

 基本的に仕事熱心でない、楽して遊んで暮らしたい連中が盗賊団を結成するのであって、仕事熱心になる情熱があれば盗賊団を畳んで罠士をするか、もっとお天道様に顔向けの出来る真面目な稼業に転職している。

 そうではないから盗賊団なのだし、基本的に奪ったお宝を肴に夜通しで宴会でもしているはずだ。

 しかしそうなると、あの町でカースフレイムに襲われていたはずだし……その死体もゴーストもなかった。


「とすると、まさかの真面目な盗賊団なんてものが実在したってこと……? それとも……」


 それとも、夜になるとカースフレイムが出る事を知っていたか。

 知っているならば、夜に町に残ろうなどとは思わないだろう。

 だが、そんなまさか。


「……有り得ない話じゃないかしら。余程慎重な奴なら偵察も出すだろうし……でも、ゴースト系の魔物って索敵得意よね?」

「体温を敏感に察知するとは言われていますね。ゴブリンと人間を見分けて人間に襲い掛かったという話もあります」

「んー……分かんないわ。考えても仕方ないのかもしれないけど、こういうの気持ち悪いわ」


 ガラガラと馬車は街道を進む。その先には、次の村が見えていた。

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