無人の村

 その村は、前回の町とは違っていた。

 何処も焼けていない。何処も崩れていない。だというのに、人の気配が何処にもない。


「……これは……」


 ドアは開けっ放しで、風が吹き込むまま。家によっては洗濯物が干したままになっている。

 だが、その洗濯物も大分汚れていて……干した誰かが居なくなってから結構な時間がたっている事を示していた。


「なんか、気持ち悪い……わね」


 開けっ放しで風に揺れるドアの音を聞きながら、ヒルダは身を震わせる。

 ドアが開けっぱなしだから探り放題だ、なんて思ったりはしない。

 こんな如何にも何かありますといった風な状況は、罠士にとっては最も忌避すべき状況だからだ。


「一体、何がこの村にあったというのでしょう?」

「さて、な。分からんが……この村から人が居なくなったというのは事実のようだ」


 シェーラとしても、この状況は想定外だった。

 村人が荷物を纏めて村を捨てる……という状況は当然あるだろう。

 だが、それにしてもこれはおかしすぎる。

 干しっぱなしの洗濯物。開けっ放しのドア。

 村を捨てた跡であると仮定するならば、あまりにも急ぎすぎ……あるいは、中途半端に過ぎる。


「ちょっとアルフレッド、何処行くのよ」

「家の中を見てみる」

「ま、待ちなさいよ。罠あったらどうすんの!」

「おいていかないでください!」


 手近な家へと入ろうとするアルフレッドを押し留めてヒルダが扉付近を調べるが、罠はない。

 

「ちょっと待ってなさいよ」


 言いながら家の中へと慎重に足を踏み入れ、周囲を見回す。

 矢の罠、毒罠、落とし穴、吊り天井。屋内に仕掛けられる罠はそれこそ山のようにある。

 だが砂埃がどっさりと入り込んだ家の中にはそんなものが仕掛けられた様子もなく……出しっぱなしになっている木皿が不気味な様相を醸し出しているだけだ。


「どうだ?」

「もうちょっと待ってなさい」


 律儀に扉の前で……しかしすぐにでも動けるような体勢のアルフレッドにそう返すと、ヒルダは手近な棚を開ける。

 そこには机の上にあるのと同じ木製の食器が収まっていたが、それだけだ。


「んー……」


 台所の周辺を探ってみても、何もない。まな板やザルがあるくらいで……。


「……ん?」


 その違和感に気付き、ヒルダはもう一度台所を探る。だが、新しいものは何も出てこない。

 そして、それが明らかにおかしい。

 あるべきもの……金属製の調理器具だけが、ない。


「どういうこと?」


 気づいてしまうと、確認すべきポイントは限られてくる。

 机の上、そして壁。部屋の隅。

 家の何処かにあるべき、燭台が何処にも無い。


「アルフレッド!」

「どうした」

「この家はいいわ! 他の家調べるわよ!」


 ヒルダはアルフレッドとシェーラを引き連れて村の家々を調べまわるが、やはり結果は同じ。

 金属製の……つまり、それなりに価値のある物品だけが家々から消えている。

 それこそナイフや燭台のような小物に至るまでだ。

 そしてそれは、最後の村長の家でもどうやら同じなようだった。

 

「あ、見てください! この家は立派な絵が残されてますよ!」


 ヒルダが何を探しているかを察したシェーラが壁にかかった絵を見てそう叫ぶが、ヒルダは一目見て「駄目ね」と断ずる。


「これ、見た目は立派だけど偽物よ。だってこの絵って本物はマルタ王国の王宮に飾ってあるはずだもの」

「そ、そうなんですか……」

「残念だけどゴミね。売ってもたいした額にならないわ。むしろ嵩張るだけ邪魔ね」


 そう言ってヒルダはふうと溜息をつくが……シェーラの目が冷たいものになっていることに気付く。


「……なんで嵩張る心配をする必要があるんですか」

「ん? んんっ」

「……まさか、お金になりそうなものがあったらポケットに入れようとか思ってたんじゃ……」

「そ、そんなわけないでしょ! あたしはただ、此処から金目のものを持って行った奴の気持ちになってるだけよ!」


 残念ながらその言い訳で信用は回復できなかったらしく、シェーラの目は冷たいままだが……誤魔化すようにヒルダは壁を叩く。


「とにかく。壁に飾ってる以上はそれなりにこの絵に対して愛着があったはずよ」

「そうですね」

「特に、こんな居間に飾ってるってことは自信もあったのかもしれないわね。高い物だって信じてたのかも」


 ひょっとすると流れの行商人か誰かに騙されたのかもしれないが、とにかくこの絵は家の主人にとってかなりの愛着があったものだということになる。

 

「そんなものを持って行っていない。ということは、この家から金目のものを持ち出したのは家の主人じゃないって可能性は大きくなるわ」

「さっき仰ってた通り、嵩張るから持って行かなかった可能性もあるんじゃないですか?」

「鍋まで持っていってるのに? 有り得ないわよ。逃げるんだったら高い物と大事な物だけ詰め込むのは常識だもの。使い古しの鍋なんて優先度低いわよ」


 そんなヒルダの反論に、シェーラは「確かに……」と呟いて黙り込む。

 一方のアルフレッドは家に誰も居ない事を確かめた後は家の周囲を探しているようだが、恐らく同じような状況だろう。


「……いよいよ、きな臭い話になってきたわね」

「望むところです」

「アンタはね」


 消えた住民、消えた物品。

 城壁山脈の入り口の町も同じ状況なのだろうか?

 だとすると、一体何が起こっているのか。

 何かしらの企みの匂いを感じつつも……英雄ならぬ身であるヒルダにその正体を推察する事など、出来るはずもなかった。

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