バッカス号探索3

「で、そっちはどうなの? 他に何かあった?」

「んー……ボクの方は特に何も」

「俺の方の収穫は今の魔導銃と、その日誌くらいのものだな」


 言いながらアルフレッドは机の上の日誌を指し示して見せる。

 言われてヒルダも日誌に目を向けるが、すぐに興味を無くしたようにアルフレッドへと視線を戻す。


「中身読んだんでしょ? どうだった?」

「今の状況に関するヒントはないな。この辺りに来るに至るまでの記述はない」

「ふーん。ま、そうでしょうね」


 何かを確信したかのように言うヒルダに、アルフレッドとノエルは疑問符を浮かべるが……そんな二人をそのままに、ヒルダは壁に貼られた海図へと向かう。

 その海図を拳でコツンと叩くと、ヒルダは二人へと振り返る。


「この海図だけど。これ、有り得ないのよ」

「何がだ?」

「海図ってのはまあ……海の地図なんだけど。この海図、異常なほどの広範囲を詳細に網羅してるわ」


 基本的に地図とは戦略物資であり非公開のものだ。詳細になればなるほど悪用の可能性が増え、領単位でも盗賊を含めた治安に……国単位では防衛計画に支障が出る。

 それ故に地図とは簡易的かつ狭い範囲のものだけが高値で取引されるのが通常であり、詳細なものが出回る事はほとんどない。


「これだけ詳細な地図なんて、あたしでも扱うの躊躇うくらいの代物よ?」

「そうなのか? 君なら高値で売れると言いそうだが」

「売れるなら、ね。持ってると知れただけで国に目を付けられるようなものよ? あたしはそんなリスクは御免被りたいわね」


 そう言うと、ヒルダはふうと息を吐く。


「……ま、この海図が本物なら、だけど」


 言いながらヒルダは海図に記された幾つかの陸地を指差す。


「メルフィカイト王国、シラヴェラ帝国……あたしも世界中全て知ってるとは言わないけど、大国なら話は別。で、今言った「存在しない二つの国」がこの海図には書かれてる」

「偽物、と言いたいのか?」

「そう言えれば良かったんだけどね……」


 しかし、偽物にしては詳細に書かれすぎている。ヒルダは航海士でもなんでもないから詳しい判断はつかないが、商売柄本物か偽物か判断する為の幾つかのポイントは抑えている。

 そしてこの海図は、その基準を充分すぎる程にクリアしているのだ。


「正直、訳が分からないわ。この海図が本物なら、少なくとも現代のものじゃない。ずーっと昔の宝の地図レベルの代物……を書き写したもの、っていうならまだ納得はいくけど。ただ、ね」


 ヒルダは、海図の中の一点を指で叩く。そこにはメデス海、と書かれているのが見える。


「あのサンバカーズはメデス海一のどうのこうの、って名乗ってたわよね。てことは、この地図に書かれた「メデス海」はあいつらの中で実在する海なのよ」


 そして、メデス海などという海はヒルダの知識には存在しない。この辺り近郊の海は確かアペリア海とか呼ばれていたはずだし、知らない間に海の名前が変わったという話も聞かない。


「ということは、現実的に考えるなら答えは一つ。あいつ等はあたしの知らないどっか遠い場所から来て、此処には何かの偶然で辿り着いた」


 そう考えるなら、海図がこの辺りを示していないのにも納得がいく。

 ヒルダとて海は元々範囲外なのだ。

 この国での呼び名が他国では違うというのもよくある話だし、海図だって何処を起点とするかで色々と変わってくる。

 国の名前だって、ヒルダは仕事の支障にならない範囲のものを随分前に仕入れたに過ぎない。


「……ただそうすると、ノエル。アンタの事が分からなくなるのよ」

「え……ボク?」

「そうよ。アルフレッドが常識外の事するのは慣れてるけど。アンタとあいつ等、知り合いなんでしょ? さっきのガンナーとかってのもそうだし、この魔導銃ってのもそう。確かにあたしは田舎暮らしだけど、こんな凄まじいものが普通に存在するなら情報くらい入ってていいはずなのよ」


 明日香の符については、個人の魔法ということで納得も出来た。魔法とは秘されるものも多く、知らないものがあったところで大して不思議には思わない。

 だが、道具ともなれば話は別だ。どう見てもアーティファクトレベルの武器が「予備」まで存在し、「ガンナー」なる職業として認知されるほどに普及している。

 いくら何でも、そこまで広がっているモノの情報が入らないはずがない。


「ねえアルフレッド。あたし達……仲間よね?」

「ああ」


 即答するアルフレッドに頷くと、ヒルダはその目を正面から見据える。


「なら、教えて。この船は……いいえ、違うわね。アンタは、何? 一体、何を知ってるの?」


 バッカス号と、ノエル。

 ノエルと、アルフレッド。

 全てが繋がる以上、ヒルダがアルフレッドにそれを問うのはあまりにも自然な事だった。

 アルフレッドも、意図的にそれを話していなかった負い目もある。

 勿論あまり他言することではないという常識的判断もあるが……「仲間」であるならば、隠し事というものは悪であるようにもアルフレッドには思えた。


「……正直に言って、信じてもらえるような話ではないと思うが」


 いや。ひょっとすると、信じてもらえないかもしれないと。

 そんな事を考えていたのかもしれないとアルフレッドは思う。

 だからこそ、アルフレッドはそう前置きして。


「あれだけ常識吹っ飛ばす事しといて今更何言ってんのよ。今更何聞いたって驚きゃしないわよ」


 ヒルダは、くだらないとでも言いたげにそう答えた。

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