バッカス号探索4

「そう、か」


 ヒルダの口調に、アルフレッドは小さく呟く。ヒルダとはまだそれ程長くない付き合いではあるが、どういう人物であるかは充分に理解できてきた。

 だからこそ、今の言葉が心の底からのものであるとよく分かる。


「そう、だな」


 だからこそ。アルフレッドは、柔らかく微笑んで。その微笑みに、ヒルダは後退った。


「な、ななな……なによ! そんな顔するような事なんか言ってないわよ!?」

「ああ、そうだろうな。だが、そうだな。確かに今更だ。俺と君は仲間だし、考えてみれば隠す事でもないのだろう」


 そう言うと、アルフレッドは小さく息を吐く。背負っていた荷物を降ろすかのようなその様子に、ヒルダは息を呑んで。


「俺は、この世界とは違う世界からやってきた」


 そう、ヒルダへと宣言する。


「違う……世界? えーと、それって外国とかそういう意味?」

「いや、文字通りの意味だ。俺も、ノエルも、この船も。君の知る「世界」の外にあるモノだ」


 アルフレッドの言葉の意味を整理しようとして、ヒルダは人差し指で頭をトントンと叩き始める。

 難しげなその顔にアルフレッドは「大丈夫か?」と声をかけるが……ヒルダから返ってくるのは唸り声だ。


「あー……うん。とりあえず続けて?」

「ああ。俺は女神ノーザンクの力でこの世界へやって来たが、この世界にはそうではない……別の何かの干渉によってこの世界へやってきた者達も居る。俺はそういったモノに対処し、この世界を危機から救う使命を持っている」


 つまりはそういうことだ、とアルフレッドが締めると……ヒルダは「むう」と唸る。


「えーと……その違う世界とかいうのがまず分かんない。天上には永遠の楽園があるとか教国が言ってるけど、そういう類のやつ?」

「いや、違う。そうだな……俺も上手く説明できるわけではないが、「通常の手段では到達できない、関わり合う事のない場所」と考えれば良いのではないだろうか」


 言いながらアルフレッドはノエルに助けを求めるように視線を向け……ノエルは「え、ボク!?」と驚いたように声をあげる。


「え? えーと……うーん。卵の中身が1つの世界だと仮定すると分かりやすいんじゃないかな? ボク達は違う卵の中の住人なんだよ」

「んー……なんとなくイメージは出来る気がするわ。つまり、この船とかこの魔導銃とかっていう代物もそういう「別の卵」の技術だってわけね?」

「基本的にはそうだ」

「基本的にって……」

「正確には、俺達は「誰かの想像した卵」の住人だからだ」


 アルフレッドの言葉にノエルは寂しそうな顔をして……ヒルダは疑問符を浮かべる。


「は? どういう意味よ」

「言葉通りだ。そうだな……君の家に「竜殺しのアダート」とかいう本があっただろう」

「まあ、うん。それが何よ?」

「あれは別に、実在の英雄の話ではないだろう?」

「そりゃまあ……」


 それがどうしたのかと問いたげなヒルダに、アルフレッドは「つまり」と答える。


「俺達も、そうだ。誰かの空想した、誰かが語って聞かせた架空の英雄譚。俺達は……そういう世界からやってきた」

「え……」


 そこまで聞いて。ヒルダは理解する。

 アルフレッドの持つ、非常識な力の数々。

 明日香の着ていた不可思議な服、不思議な魔法の技。

 聞いたこともない技術と、見たこともないような道具。

 まるで全く違う「常識」からやってきたかのような、その不自然さ。

 全てが符合して。全てが理解できた。


「つまり……お話の中の英雄だってこと? アルフレッドもノエルも? 英雄譚みたいに世界を救う為に?」

「もっと正確に言えば、この世界に送り込まれたのは俺一人だ」

「なんでよ。「世界を救う」んでしょ? 死ぬほど英雄送り込めばいいじゃないの」

「……俺達は、最後まで語られなかった英雄だ。己の世界を救う事すら出来ず、行き場のない救世の意思を抱えていた亡霊だ。だからこそ、この世界で行われていた召喚術式に引っかかったらしい」


 その言葉に、ヒルダは聖レリック教国のことを思い出す。

 勇者召喚の儀式。確かにそういう胡乱なものが行われているとは聞いていた。


「え……じゃあまさか、アルフレッドってマジで勇者なの?」

「いや、違う。君から聞いた召喚術式についてだが、どうやら破綻していたらしい。その為、女神ノーザンクに押し留められていたわけだが……」

「破綻って。え、でもアルフレッドは凄い力持ってるじゃない」

「俺の力じゃない。俺以外の無数の英雄達から預かった力だ」


 アルフレッドは、あの空間の事を思い出す。

 動くことすら出来ない、無数の「英雄」達の安置された場所。

 救えなかった物語達の溜まり場、英雄の墓場。

 その場所の事を思い出したのか、ノエルは静かに呟く。


「うん。ボク達は……語られる事すらほとんどなくなった、残骸みたいなものだから。呼ばれても、動く事すら出来ない……死体に近い状態だからね。唯一動けたアルフレッドに、女神さまの力を借りて託したんだ」

「え、でも。今動いてるじゃない」

「アルフレッドから魔力を借りて仮の身体を作ってるだけだよ。今だって、ボクの本体からしてみれば夢のようなもの……ボク達がこの世界に来るには、まだ相当の時間がかかると思う」


 理解できた。いや、理解できていない。

 あまりにも多すぎる情報の群れに、ヒルダは思わずよろめく。

 けれど、分かってしまった。


「……そっか。だから変だったのね、アンタ。正義バカだと思ってたけど……本物の正義の英雄だったわけだ」

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