バッカス号探索5

 ヒルダが、アルフレッドに感じていた違和感。

 何処か浮世じみた、そんな感覚。理想主義な、そんな性格。

 色々な違和感が、カチリと当て嵌まる。

 違う世界がどうのこうのとか、そんな不可思議な話ですら納得できてしまう。

 理解できているわけではない。話があまりにも大きすぎる。

 これを話しているのがアルフレッドでなければ、詐欺か何かを疑ったであろう、そういう類の話。


「……はあ。てことは何? この船とあの三馬鹿も英雄様だってわけ?」

「いや、違う」

「うん、違うね」


 アルフレッドとノエルは、ヒルダに即座にそう否定する。


「女神ノーザンクに送り込まれたのは、俺一人だ」

「え? でも、この船も違う世界とかいうやつの船なんでしょ?」

「ああ。だからこそ問題なんだ」


 女神ノーザンクがこの世界に送り込んだのはアルフレッド一人だ。

 それ以外の者達は女神ノーザンクの力によってあの空間に留め置かれているはずであり……つまり、アルフレッドを世界に呼んだ「破綻した召喚術式」とは別口で何者かがこの世界に呼びこんだ可能性があるのだ。

 そして呼ばれているモノ……サンバカーズはともかく、ドーマやデルグライファといった面々を見ても「まともなもの」を呼んでいるとは考え難い。

 サンバカーズとて、まるっきりの悪人とは言えないのかもしれないが間違いなく善人ではない。


「何者かが、この世界に「異世界の悪」を呼び込んでいる。俺はそれこそが女神ノーザンクの言う「世界の危機」だと考えている」

「……世界の……」


 ヒルダはその言葉に考え込むように天井を見上げると、やがて小さくため息をつく。


「……随分大きな話ね」

「ああ。危険な話でもある。もし君がついていけないというのであれば」

「待った」


 何かを言いかけたアルフレッドを、ヒルダの言葉が押し留める。


「別に降りるなんて言ってないでしょうが」

「だが、金稼ぎという目的からは大分外れるかもしれないぞ?」

 

 むしろ、遠ざかるばかりの可能性すらある。

 最初に聞いたヒルダの夢からは、大分遠い話だ。

 だがヒルダは、そんなアルフレッドを呆れたように睨みつけてくる。


「あのね。あたしはお金大好きだけど、別に金の亡者ってわけじゃないのよ」

「それは……そうかもしれないが」

「そりゃ稼ぐチャンスがあればガッツリ稼ぐわよ? そこは逃がさないわ。でも、火に囲まれる中で後生大事に金抱える程アホでもないのよ」


 言いながら、ヒルダは頭をがしがしと掻く。


「世界の危機だなんだってのを聞かされて、こんな船見せられて……前回のアレもきっとそうだったんでしょ?」

「ああ」

「なら、あたしもガッツリ関係者でしょうが。見て見ぬフリなんか出来ないわよ」

「……危険だぞ。ひょっとすると、前回よりもずっと」

「だったら」


 言いながら、ヒルダはアルフレッドの眼前へと近づいていく。

 互いの息を感じられるような距離まで近づいて、ヒルダはアルフレッドを見上げる。


「アンタが守ってよ、アルフレッド。鍵開けと交渉事くらいしか能がないあたしだけど、逆に言えばそのくらいの役には立てるわ。だから戦いでは無力なあたしを守ってよ。世界を守るよりは簡単でしょ?」


 なるほど、確かに世界を守るよりはヒルダ一人を救う方が簡単だろう。

 勿論、ヒルダ一人を救う方が困難な場合だってあるかもしれないが……アルフレッドは、そう小器用に考えて割り切る事を良しとはしない。

 だからこそ、思わず笑い声が漏れてしまう。


「くくっ……なるほど、確かにな。ならばヒルダ、君が俺の仲間で居てくれる限り、俺は君を守ろう。その代わり、君の技能が必要な時には頼らせてもらう」

「うん、よろしく。これで改めてあたし達は仲間ってわけね」

「そうだな」


 互いに頷き合う2人を、ノエルは眩しそうに見る。

 幻に近い今のノエルでは、あの2人に混ざることは出来ない。

 でもいつか、ノエル自身がこの世界に来ることが出来たなら……と、そんな事を考えてしまう。

 そんなノエルの視線に気づいたのだろうか、アルフレッドと見つめ合っていたヒルダはハッとしたような顔をするとノエルへと振り向き、慌てたようにアルフレッドから離れて咳払いをする。


「で、だけど! そうなると、この船の扱いも変わってくるわよね」

「この船を犯人として引き渡すかどうかという話か?」

「そうよ。この船が違う世界のものだっていうんなら……っていうかまあ、そこを今更疑う気はないけどともかく。そんな代物を漁業ギルドにホイホイと渡すわけにいかないでしょ」


 たとえばサンバカーズが縛り首になったとして、バッカス号は漁業ギルド預かりになるだろう。

 預かり、といっても実質漁業ギルドの資産になるということで、それによってバッカス号の技術やら何やらが流出するのは間違いない。

 あるいは、バッカス号自体が何処かの貴族の資産になるということだって考えられる。

 それは……あまり良くないことだろう。

 つまり、このバッカス号を漁業ギルドに引き渡すという選択肢はこの時点で消滅したといえる。


「……あー……そっか。つまり、今回もタダ働きだわ」


 その事実に気付き、ヒルダは思わず頭痛がするのを感じていた。

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