城壁山脈の麓へ

「し、仕方ないんです! 情報が封鎖されてて、誰もまともな情報持ってないんですもの!」

「だとしても、あんた等世界中に神官送り込んでるんだから、地元の神官とか居たでしょ」


 呆れながらヒルダがそう返すと、シェーラの表情は一気に曇る。


「……確かに、そういう方は居ました。ですが、城壁山脈の様子を見に行くと言い残して旅立ってから、帰ってきていないそうです。その相棒の聖騎士も行方不明です。恐らくは……」


 その先は、言うまでもない。恐らくはドラゴンにやられたのだろう。


「放浪神官も私一人というわけではありません。この近辺には他にも何人か居たはずですが、その誰もがこの近辺で連絡を絶っています。私はそれを、城壁山脈の異常によるものと考えています」

「……ふーん……?」


 なるほど、確かにそうかもしれない。世界の正義を司るとか胡乱な事を言っている教国の連中であれば、城壁山脈のドラゴンをどうにかしようと考えても不思議ではない。

 しかし、放浪神官の全てが連絡を絶ったというのは……どうにもきな臭い。

 単純に殺された……そういう気性の荒いドラゴンという可能性もあるが、ヒルダの勘が「何かある」と告げている。


「……アルフレッド」

「なんだ?」

「この神官女を助けたの、正解かもしれないわよ」

「どういう意味だ?」


 アルフレッドからしてみれば困っている人間や危機に陥った人間を助けるのは当然の事なので、助けて正解という言葉自体の意味がよく分からない。

 ヒルダもその辺りは理解しているので、こほんと咳ばらいをして説明を開始する。


「簡単よ。教国の放浪神官を狩ってる奴がいるかもしれない……ってこと」

「え!? な、何故そんな!」

「さあ?」


 あんた等嫌われてるからじゃないの、という発言は流石のヒルダも空気を読んでしなかった。

 しかしまあ、嫌われてるといっても正義を自称する彼等を頼る人間も一定数存在する。

 わざわざ狩るような連中がいるとは思えなかったし……そもそも、ドラゴンのウロウロする場所でそんなことをする意味がない。


「とにかく、今の段階ではあたしの予想よ。でもマジでそうなら……この神官女を連れ歩く事で、事件の解決に近づく可能性があるわ」

「ふむ……」


 アルフレッドの視線に、シェーラはじっと見つめ返す。

 互いに見つめ合うように視線を合わせた後に……アルフレッドは、真剣な表情のまま口を開く。


「君は、どうしたい?」

「え?」

「君はドラゴンを倒す事を願っている。だが、君を狙う者の可能性が示唆された。城壁山脈へと戻るのは相応の危険を伴うだろう」


 そう、実際に……といっても偶然だろうが、人攫いどもによって攫われかけたばかりだ。

 それよりも大きい危険がないとは限らないのだ。


「君が戻るなら、俺は力を貸そう」

「……進むなら?」

「君を守ろう」


 迷うことなく、アルフレッドはそう宣言する。

 そこには一切の躊躇はなく、ただ当然の事であるかのような答えだ。

 そしてそれ故に……シェーラの中に、すっと染み込んだ。


「ならば、私は進みましょう。元より人の力を超える脅威に挑もうと覚悟した身です。今更、何を恐れることがありましょうか」

「ああ、了解した」


 頷き合う二人を見て、ヒルダは小さく溜息をつく。

 こうなるのは必然だっただろう。

 あの二人は今のところ、よく似ているように見える。

 実際どうかは知らないが……アルフレッドを、よくサポートできそうなタイプとも言える。

 まあ、アルフレッドはそんな計算は微塵もしていないのは間違いないが。


「で? 城壁山脈行くんでしょ? さっさと行くわよ。向こうで補給するつもりだったんだから、物資に余分なんてないのよ」

「む、そうだな」


 実際は多少の余裕はあるが、人は保存食のみにて生きるに非ずだ。

 城壁山脈周辺の町で補給を行うつもりだったので、本格的に調査をしようというなら足りなくなりそうな物も当然ある。

 それに人数が三人に増えるとなれば、その分物資の減少速度も速くなるのだ。


「ほらほら、乗った乗った。あたしはあの馬車ちょっと調べるから」

 

 言いながらヒルダはシェーラを馬車に乗せ……アルフレッドが居なくなっている事に気付き盗賊共の馬車の方を見てみれば、すでに荷台を覗き込んでいるのが見える。


「あ、こらアルフレッド!」

「危険を確認するのだろう? 俺が最適だ」

「そうかもしんないけど!」


 煩そうな神官女を馬車に詰め込んでお宝を漁ろうとしていたのだから、アルフレッドも結構邪魔なのだ。

 ぐいとアルフレッドを押しのけると、ヒルダは馬車の中を覗いて。


「んー……」


 思わず、そんな声を漏らしてしまう。


「人攫いなんかやってた割にはたいしたことないわね……」


 馬車を持っているんだからそれなりに何かあるんじゃないかと思ったのだが、荷台の中にあったのは転がる酒瓶や安物っぽい武器が幾つか。それと、ズタ袋や小さな箱くらいのものだった。


「どれどれっと」


 袋の中に入っているのは、幾つかの食料品。これは有難く頂くことにして、水袋はなんか汚そうなので捨て置く。

 人攫いどもの服も臭そうなのでそのままだ。


「で、こっちの箱は……っと。鍵かかってるわね」


 しかし、どうせ大した鍵ではない。

 早速鍵開け道具を取り出して解錠すると……中から出てきたのは、金属製の板切れであった。

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