放浪神官シェーラ

「探しに、か。君は「希望」を求めるような、逼迫した事情があるのか?」


 アルフレッドがそう問えば、シェーラは真剣な表情になってアルフレッドから離れる。


「そう聞くということは……ご存知ではないのですね」

「ああ。俺達は「希望を求め彷徨う灯火」を探して北の山脈へと向かっているだけだ」


 何かあるのか、と。そう問いかけるアルフレッドに、シェーラは頷き肯定する。


「貴方達の言う北の山脈……すなわち城壁山脈は今、ドラゴンによって占拠されています」


 ドラゴン。それを聞いた瞬間にヒルダが「げっ」と声をあげる。

 前回の海では海竜と出会う事はなかった……まあ、もっとヤバいものと会ったわけだが、それはさておいて。

 ドラゴンとは、最強の生物は何かという質問で出てくる代表格だ。

 特に空を飛ぶドラゴンはその中でも最強だ。

 ただでさえ武器の通じにくいウロコの防御に加え、空を飛びブレスを吐くのだ。

 人間が空を飛ぶ手段を手に入れて、ようやくスタートラインに立つような……そんな相手なのだ。


「城壁山脈でドラゴンって……竜殺しのアダートの話じゃあるまいし」

「その方が、マシであったかもしれませんね」

「え? なんでよ」


 疑問符を浮かべるヒルダの質問に、シェーラは杖をぎゅっと握り下を向く。


「……悪竜ヴラドヘルトは、麓の住民を食べない代わりに美しい姫を要求したとされています」

「そうね」

「ですが、今回出たドラゴンは……私が確認した限り、すでに5つの町や村を焼いています。明確な殺意が見て取れるような滅ぼし方でした。まだ残っている町や村があるかは分かりませんが……もし今回のドラゴンが人間に明確な敵意を持っているのであれば、被害はそれでは収まらないでしょう」


 いつか、必ず城壁山脈を遠く離れ攻撃を仕掛けてくる。その想像は、ヒルダにも充分に出来た。

 だからこそ、疑問も湧いてくる。


「ていうか、それなら領主……ううん、国の仕事でしょ? 騎士団は何やってんのよ」

「すでに領主軍は敗北したそうです。この国は動く様子を見せません。私も本国へ応援を要請しましたが……」

「来なかったというわけか」

「ええ、残念ながら返信すらありません」


 落ち込んだ様子を見せるシェーラに、アルフレッドは腕を組み考える様子を見せる。

 シェーラの言う本国……すなわち教国は召喚儀式を行った国であるはずだ。

 ならば世界の安定といった要素に関する執着は高いだろうに、動きを見せないのはどういうわけなのか。

 そして目の前の少女シェーラは、どういう立ち位置にいるのか?


「俺にはやるべきことがある。君の聖騎士とやらにはなれん」

「えっ。で、でも名誉なことなんですよ? それに」

「たとえどんな素晴らしいものが付属したとしても、俺の答えは変わらない」


 シェーラの言葉を遮り、アルフレッドはそう断言する。


「俺が守るべきは正義であり、世界だ。その判断基準を君や教国に預ける気はない。道が重なる事はあるかもしれないし、ドラゴンは俺が退治しよう。だが聖騎士とやらは辞退する」


 そのハッキリとした拒絶にシェーラは無言でアルフレッドを見つめていたが……その瞳に決意の色が宿ると、その場に跪く。


「……その意思を私は神の名の下に尊重し侵さぬ事を誓いましょう。気高き正義の守護者たらんとするその意思は、尊きものです。アルフレッド様、そのドラゴン退治の路に私が同行する事は、貴方の正義には反しませんね?」

「そうだな」

「その中で貴方の私達に対する誤解が解ければ、聖騎士の話も再考して頂けますか?」

「……考えはしよう。だが答えは変わらないぞ」

「構いません」


 ヒルダが「意思を尊重するとか侵さないってのは何処いったのよ……」と呟いてはいるが、強制しないという意味では確かに侵してはいない。


「まあ、いいわ。どうせドラゴン退治に行くのは変わらないんだし」

「ん? 今回は乗り気だな」


 アルフレッドが感心したようにそう聞けば、ヒルダは「ハッ」と自嘲するような笑いを漏らす。


「乗り気なんかじゃないわよ、覚悟決めてるだけ。あんたについて行けばドラゴン退治に付き合うだろう事は想定内よ」


 無論、ヒルダは自分がそこで役立つとは思っていない。しかし伝説ではドラゴンは財宝を山のように蓄えているとも聞く。その財宝は、正直魅力的だったし……そこに至るまでで役立つ機会もあるだろうとも考えていた。


「それで? ドラゴンがどうのって言うからには、どんなドラゴンかくらいは調べがついてるんでしょうね?」

「え?」

「え、じゃなくて。相手はどのドラゴンよ。赤? 焼くって事は青じゃないだろうけど。まさか黒じゃないでしょうね」


 そう、ドラゴンは色によって危険度が大きく異なると言われている。

 たとえば赤……レッドドラゴン。気性も荒く、火のブレスを吐く「ドラゴンといえばコレ」の代表だ。

 そして青、ブルードラゴン。こちらは氷のブレスを吐くと言われており、寒冷地に住むと言われている。

 そして他にも緑や黄などもいるが……黒、すなわちブラックドラゴンは特にヤバいとされる種だ。

 複数のブレスを使い分けるとも、高レベルの魔法を使いこなすとも言われるブラックドラゴンは対処法が「近づくな」になっているくらいだ。


「えっと……分かりません」

「……」


 そして返ってきた答えにヒルダは無言で天を仰ぎ、ブラックドラゴンの可能性で考えておく事を決める。

 どうせどのドラゴンが出てきたって命の危機なのだ。

 最初から最悪で考えていた方が気が軽くなるという……そんな、後ろ向きに達観した考えでもあった。

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