迫りくるもの
暗殺者の投げ入れた球から、眩いほどの光が溢れ出す。
閃光球。そう呼ばれる魔道具は主に逃走時に使われるものだが、罠士ギルドにはそれに対応した目の保護用具が存在している。組み合わせれば、相手の視界を塞ぎ一方的に攻撃可能……たとえアルフレッドがどれ程強かろうが、いきなり視界を塞がれれば隙もできる。闇雲に剣を振ろうが、一瞬で散らばる腕利き達をどうにかできるはずもない。
その間にヒルダを抑えてしまえば、もうそれで勝てる。力技ではあるが、それ故に隙も少ない。
実際、それはかなりの確率で成功しただろう……アルフレッドの額に「第三の目」がありさえしなければ。
「がっ」
「ぐあっ!?」
「ぎゃっ……」
アルフレッドの剣が閃く。その横を通り抜けようとした者、アルフレッドに斬りかかろうとした者が一瞬のうちに斬り捨てられていく。重厚な鎧を着た戦士とは思えぬその素早い動き、そして見えているとしか思えない正確さ。目を瞑ったままのその全てに、暗殺者達は戦慄する。
「ば、かな……」
「一斉にかかれ! あんなものは気配を読んでるだけだ!」
そう、熟練者にはたまにそういうものがいる。そういう類の化物だと分かっていれば、幾らでもやりようがある。だからこそ、暗殺者達は武器を構えて飛び掛かって。
「
アルフレッドの手にした剣が、帯電する槍へと変化する。
「ランススパーク!」
「がああああ!」
「ぐああああ!」
その全員を、分散した電撃が焼き尽くす。それはつい先日襲撃者達を気絶させたものとは段違いの威力の「確実に殺す」電撃。
「な、あ、ああ……」
終わった後に残っているのはアルフレッドと……指示役をしていた男のみ。
「……あとは、お前一人だな」
「ば、化物かテメエ……いや、そうか。その額のそれが魔道具……いや、アーティファクトなんだな……!」
ならば説明がつく。リサーチ不足、戦力不足。様々な言葉が男の中に浮かぶが、今更だ。分かっていたところでどうなるとも思えず、逃げる事すら出来ない。
もう覆しようもない。この仕事は……失敗だ。
『くくく……想像以上に情けない結果になったのう』
突然家の中に響いた声に、アルフレッドと暗殺者の男が反応する。
「この声……テメエ、何処に居やがる!」
『フン、最初から見ておったわ。ようやく本気を出すかと思えばこのくだらん結末……もう少し罠士ギルドというのは使える連中とあのクソガキが言っておったはずなのだがのう?』
「……そこか」
アルフレッドの第三の目が、不可思議な魔力の発せられている場所を捉える。
そこに居るのは小さな羽虫のようなものだが、闇に溶けるような色をしたソレは明らかに普通の生き物ではない。
『ほほう! その道具は儂の式神を見つけられるのか! いやいや、素晴らしいのう! 一体幾つの能力を持っているのか……アーティファクトとやらも捨てたものではないようじゃ』
「このジジイ……! てめえ、そんな便利な能力持ってんなら……!」
『フン、黙れ役立たずが。じゃが安心せよ。そんなお主等でも、多少は役に立つようにしてくれる』
「なにい……!?」
暗殺者の男が憤りを見せたその瞬間、外に居たスレイプニルが激しく嘶く。
そして、暗殺者の男の周囲に転がっていた死体が……ゆっくりと、起き上がり始める。
「なっ、これ……は……ぐあっ!」
起き上がった死者の群れは暗殺者の男を突き刺し、一瞬で絶命させる。
その身体が崩れ落ちようとするその刹那、その男もまた虚ろな瞳でゆっくりと起き上がる。
アンデッド。森の中で出会ったソレだとアルフレッドは理解し……天井の隅に居る式神を見上げる。
「……そうか。森のアンデッドもお前の仕業か」
『だとしたらどうするね、若いの』
「決まっている」
ゆらゆらと蠢くアンデッドに慌てた様子一つ見せず、アルフレッドはスパークランスを式神に向かって突き付ける。
「死後の安寧を脅かし、命を弄ぶ外道……! このアルフレッドが許しはしない!」
『く、ははは……はははははははははっはははははははははははハハハハハハハハハハハ!』
式神の居る場所に風が吹き荒れ、式神から式神が生まれ、その式神から式神が生まれ……渦巻く風の中で分裂増殖するように無数の式神が生まれ集い、一つの形を作っていく。
それはアルフレッドがこの世界ではまだ見たことのない様式の服を纏った、一人の男の姿。
その腕に意識のないヒルダを抱いた、醜悪な笑みをその顔に浮かべた老人の姿。
「よくぞ吠えた! またそのような台詞を聞けるとは思ってもおらんかったわ!」
「ヒルダ……!? 貴様!」
ヒルダは二階に居たはず。まさか今の戦闘で、アルフレッドにも気づかせぬままに侵入していたというのだろうか。
「いかんのう。大事なものならば肌身離さぬようにせねば……如何にお主の天眼の力宿す道具が優れていようと、ちょいと隙を作ってやれば儂程度の隠形でも……この通りよ」
「……ヒルダを離せ、ご老体」
「む? ああ、なるほど。そういえば自己紹介をしておらんかったか」
ご老体呼ばわりされた老人はカラカラと笑うと、その髭を手で撫でる。
「儂は裏陰陽寮の一人、道摩法師。最近はドーマなどと呼ばれておるよ」
「ならばドーマ……ヒルダを離せ」
「出来んのう。それは出来ん相談じゃよ、アルフレッド。返してほしいならば、それなりの手順というものがある」
無言でスパークランスを構えるアルフレッドに、ドーマは楽しそうに笑う。
「ハハハ、その槍がこの場で使えるかの? 確かに便利な槍じゃが、儂を撃てばこの娘も巻き込まれよう?」
「くっ……」
確かに使えない。ドーマを守る暗殺者アンデッド達ごと倒すことは出来ても、スパークランスではヒルダだけを避けて倒す事は出来ない。
いや、それ以前に……あのドーマは。
「アルフレッドよ、森へ来るがよい。儂を楽しませればこの娘、返してやらんこともない……!」
ドーマの姿が再び無数の式神となって散っていく。第三の目はあのドーマとヒルダが式神とやらで作られた虚像だと見抜いてはいた。だが、そうだと分かっていても手が出せなかった。手を出した時の万が一を考えると、アルフレッドは電撃を撃てなかったのだ。
「ドーマ……!」
アルフレッドのスパークランスが激しく帯電する。残された暗殺者アンデッド達がドーマが消えたのを合図にするかのようにアルフレッドへと襲い掛かり……その全てがスパークランスの放つ電撃で消し炭と化す。
「その名前、確かにこの魂に刻んだぞ……!」
道摩法師とかいう名前を名乗った、悪を楽しむ悪。アルフレッドとは決して相容れぬ精神を持つ、邪悪な者。ヒルダを浚ったその男は森へ来いと言った。ならば、アルフレッドがやるべきことは決まっている。
「スレイプニル!」
「ブルルルルルル!」
外に居た暗殺者アンデッド達を粉々に砕いたスレイプニルが吼える。
アルフレッドの憤りを、スレイプニルも共有する。
怒れる二つの意思は人馬一体を成し、アルテーロの町を駆ける。
目指すは、あの始まりの森。道摩法師を名乗る男の待つ、恐らくは変わり果てたその場所。
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