夜中の襲撃

 夜が来る。

 アルテーロの町を守る町壁は今日も健在であり、巡回する警備兵も職務に忠実だ。

 それでも人々が戸締りをするのは、町壁の中にある悪意の存在を感じ取っているからだろうか。

 獣から、野盗から、モンスターから町壁は身を守ってくれる。

 しかしそれ以外からは守ってくれない。同じ人間の悪意を信じているからこそ、今日も町の家々は鍵をかけ警備兵は町を巡る。

 ……しかしながら、それとて限度はある。アルテーロの町は広く、警備兵の数には限りがある。

 故に。どうしても見回りの頻度が低くなる場所というものは存在する。

 たとえば、人通りの少ない路地裏。

 たとえば、町の端。

 見回らないわけではないが、他の重要区域と比べるとどうしても優先度の低くなるような、そんな場所にヒルダの家は存在する。

 それは仲介したのが罠士ギルドだからであり、ちょっとあまり見られたくないような物品も持ち込めるようにする為だったりするのだが……今、それは襲撃を仕掛けやすい条件として働いていた。


「……正面入り口に馬一頭」

「話には聞いていたが、随分デカいな……どうする?」


 ヒルダの家を囲むのは、無数の罠士……いや、暗殺者達だ。

 相当の名馬であるという情報の入っているアルフレッドの馬が繋がれもせず扉の近くにいるのを見て、暗殺者達はヒソヒソと話し合う。

 アルフレッド達を殺した後で売れるならば、それでもいい。しかしながら経験上馬というものは臆病であり、彼等が近づけば大人しくしてくれているということはないだろう。

 裏口から入ったとしても、物音に気付かれれば嘶くかもしれない。そうなれば警備兵が何事かとやってきてしまう可能性すらある。

 ……ならば、どうするか。相手が手練れである以上、いきなり気付かれるわけにはいかない。

 ならば……殺すしか、ない。

 合図と共に暗殺者達は音もなく走り出し、馬を一撃で絶命させるべく黒塗りの刃を閃かせる。

 多少大きな馬だろうと、喉を引き裂いてやれば声は出ない。そして。

 そう、そして。それを成すその前に、暗殺者の一人が走ってきた馬に跳ね飛ばされる。


「……っ!?」


 在り得ない。そんな事を考えながら暗殺者の男は弾き飛ばされる。

 暗闇から迫る自分達に気付き、短距離を一気に加速し突撃攻撃を仕掛ける。

 そんな事が馬に出来るはずがない。そんな、そんな事が!

 その馬に……スレイプニルの瞳に宿る確かな知性の輝きに気付きながらも、暗殺者達は認められない。

 四方からスレイプニルに向かって斬りかかり……しかしアッサリと弾き飛ばされる。


「ブルルルルル……!」

「くっ……お前達は行け! この化物馬はなんとか押さえる!」

「頼む……行くぞ!」


 すでに裏口担当の班は突入しているはず。ならばもはやご丁寧に鍵を開ける必要もないと暗殺者達は扉を蹴破って。


「なっ!」


 そこに倒れている裏口突入班と、一人立つアルフレッドに気付く。


「……コソ泥の次は押し込み強盗か。忙しい事だ」

「気付いていたというのか……!?」


 それとも襲撃計画が漏れていたのか。完全武装のアルフレッドを前に暗殺者達は冷汗を流す。

 だが、アルフレッドの反応は淡々としたものだ。


「気付くも気付かないもない。次は夜襲だと思って警戒していた。ただそれだけの話だからな」

「それで完全武装で待ち構えてたってか? ……クソッ、大馬鹿かよテメエ……!」


 今夜がそうであった保証など何処にもない。明日かもしれないし明後日かもしれない。

 あるいは油断を狙って一月後だったかもしれない。その間、寝ずの番をするつもりだったとでもいうのだろうか?


「馬鹿で一向に構わん。こうしてお前達が食いついてきてくれたのだからな」


 アルフレッドは剣を構え直すと、静かな口調で暗殺者達へと問いかける。


「……お前達にも聞いておこう。大人しく縄につき、全てを明らかにするつもりはあるか」

「依頼人を明かせってか? 無理だな」

「そうか……ならば、是非も無し」


 裏口担当班を相手にして尚息一つ乱れた様子もないアルフレッドは、静かに暗殺者達へと告げる。


「それ以上踏み込むのであれば斬り捨てる……もはや一切の容赦はしない」

「ハッ、この期に及んでチャンスをくれるってか……?」

「そんなわけがないだろう」


 暗殺者の言葉に、アルフレッドは静かに……冷たくそう返す。


「チャンスは充分に与えた。お前達はそれを活かさなかった。故に、選べるのは……」


 馬の嘶きが、響く。

 自分の敵を蹴散らしたスレイプニルが、暗殺者達を背後から睨みつけている。


「向かってきて俺に斬られるか、逃げてスレイプニルに倒されるかだ」


 あの馬を足止めしていた連中はやられたのか。

 気づいてしまうと、何とも恐ろしい。このアルフレッドという男だけでなく、馬までもが化物だったとは。

 そう、気付いてしまう。気付いてしまった。

 こんな襲撃計画自体が間違いだった。依頼人を宥めてでも別の手段を使うべきだった。

 こんな屋内で……こんな化物じみた戦士を相手に、多人数がその利を活かせるはずもなかった。


「……ハッ」


 自嘲する。

 間違っていたのは、きっとそこじゃない。

 きっと、この仕事を受ける時点で。

 ……ならば、せめて。


「そうかい……ならお前を殺して堂々と逃げさせてもらうぜ!」

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