蠢く襲撃者達

 罠士ギルドの奥で、その話し合いは行われていた。

 奥といっても、ヒルダが踏み込んだ場所でもなく……その奥のギルドマスター室でもなく。

 その地下。裏の仕事の中でも特に暗い仕事を行う際の話し合いの部屋。

 薄暗いその部屋の中には、複数の人間が居た。


「……そうか。殺さなかったか」

「そう聞いている。連中に触発されて何人か降りると言ってきたが……」

「どうせ数合わせだ。余計な事をしないのなら構わんだろう」


 余計な事。たとえばあり得ない話なのだが、この暗殺計画を何処かにタレこもうとするようであれば……そいつはそうする前にアルテーロから消えることになる。

 そのくらいのことが分からない奴が裏の仕事を受けるとも思えないのだが、一応監視の目はある。

 問題はそんなことよりも、暗殺対象であるアルフレッドとヒルダのことだ。


「ヒルダは問題ない……はずだが、少し読めない部分があるな」


 襲撃犯の攻撃を躱し、反応し、反撃までしてみせた。

 彼等の知っているヒルダの実力を考えればあり得ない事だ。


「まさか実力を隠していたとも思えんが」

「ああ、あいつなら実力があるのなら積極的にそれを活かした仕事を受けて回るはずだ」

「では偶然か? 殺すつもりの攻撃を避け、反撃と呼べるだけの投擲をしてみせたことが?」


 全員が黙り込む。ターゲットの実力を読み間違える事は、即失敗につながる。

 雑魚だと思っていたはずのヒルダの実力が読めなくなったことで、計画に多少の変更を考えざるを得なくなっているのだ。

 沈黙が支配した空間で……やがて、一人の男が静かに口を開く。


「こうなれば、常道通りの暗殺をやっていても結果は覚束ないだろう」


 本来であれば暗殺とは暗闇に潜むように……気付かれずに殺すから暗殺と呼ぶ。

 散歩中に突然、食事中に突然。まさかという場所で気付かれずに殺す事こそが暗殺というもの。

 しかし、そういう手段はもはや成功するとも思えない。

 ならば、やれる事はもはや一つ。

 暗殺と聞いて一般人が最も警戒する方法で殺すしかない。


「だが、奴は電撃を放つ槍で複数人を一度に打ち倒したそうだぞ。狭い部屋の中でそれを防げるとも思わんが」

「そうだな。だが来ると分かっているのであれば防ぎようもある……相手が敵を殺さんような甘い男ならば猶更な」


 勿論、殺せないというわけではないだろう。それは森の中の連中が証明している。

 しかし非情ではなく甘さがあるというのであれば、付け入るスキはいくらでもある。

 話を聞いていた男達も理解したのか、一人の少女の名前を口にする。


「……ヒルダか」

「そうだ。如何にアルフレッドという男が強いといえど、ヒルダさえ抑えてしまえば勝機はある」


 家ごと魔法か何かで吹き飛ばしてしまえば簡単なのかもしれないが、その手段をとれば警備隊が出張ってくるし下手をするとアルテーロの罠士ギルドの存続に関わるような騒ぎとなる。

 いくら報酬が良いと言えど、たかが貴族の従者の依頼程度でそこまでするべきではない。

 そう決まりかけたその時、別の男が口を開く。


「潜伏班を使って噂を流すわけにはいかんのか? 時間さえかければ連中を町から追い出す事だって不可能じゃないだろう」

「確かに、そう出来れば町中ではとれない手段もとれるが」

「ダメだ」


 その意見を切って捨てたのは、今回の仕事のリーダーである男だ。


「今回の仕事は、依頼人から町中に居るうちに一刻も早く仕留めろという注文が出ている。それを無視するわけにもいかん」

「そんなもの、成功率と天秤にするほどでもないだろう?」

「……貴族連中のプライドというのは厄介だ。依頼人とて手土産も無く帰るわけにもいかんのだろう」


 町で仕留めたという実績が欲しいわけだ、とリーダーの男が言えば場には納得する空気が広がっていく。

 貴族の従者という立場も大変であることは裏の仕事にどっぷり浸かった者達には常識だ。

 一般人相手には威張れても、常に貴族の顔色を伺いながら生きていかねばならない。

 だからこそ、罠士ギルドのような連中を使ってでも貴族の要望を叶えようとするのだから。


「ならば、仕方ないな」

「ああ……いつものことだ」


 計画の詳細を話し合う男達を、部屋の隅で小さな羽虫が見ていた。

 まるで暗闇に溶け込むような……そんな不可思議な色をした虫は、当然ただの虫などではなく。

 その「目」の向こうには、ドーマと呼ばれていた男の姿があった。

 部屋を使っていたラボスの居なくなった部屋の主は現在ドーマであり、ラボスの愛用していた高価な品々は価値のないゴミであるかのように放られている。


「さてさて……慎重といえば聞こえは良いが、中々に腹の座らぬ連中よの」


 もしダラダラとくだらない作戦を続けるようであればドーマにも考えがあったが、これで手出しをする必要も無くなったようだ。

 スマートな暗殺だとかいう、そんな誰にでもできるような事をドーマは望んでいたわけではないのだ。

 くだらない連中に相応しい泥臭い殺し合いこそを望み依頼をしたのだから。


「デルグライファ殿を退けたその力……じっくりと検分させて貰わねばなあ?」


 そう呟き、ドーマは嗤う。

 その悪意に満ちた笑顔は……アルフレッドとは決して道を同じくする事がない者の、それであった。

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