狩人達の不運と幸運
アルフレッドとヒルダが出会った森。ただ森とだけ呼ばれているその場所は今、汚れた瘴気を放つ場所と化していた。
動物が、人が……あらゆる生き物の死骸がアンデッドとして蘇り生者を襲う。
それは狩人としてこの村に入る者達も例外ではなく、この森に潜んでいた盗賊達が予想以上に殺していたことは狩人達にとって不運であった。
「う、うわあ! こっちにも出たぞ!」
「落ち着け、連中は動きが鈍い! 殺される前に逃げきりゃいいんだ!」
アンデッドは痛みもなく恐怖も感じないという呪われたモンスターだが、動きも鈍く特殊な能力もない。動きの機敏さや足の速さという点では人間が勝っているから、基本的に逃げれば生き延びることができる。それを分かっているから、弓を武器に二人の狩人の男達は森から逃げ出そうとしていた。
……だが、想像以上にアンデッドが多い。
「くそっ、盗賊共がやられたって話が出た直後にこれか! 呪われてんじゃねえのか、この森!」
「その盗賊連中のせいだろうよ!」
走る狩人達は、森の中に多少なりとも慣れている。走る速度が落ちることはないし、迷うこともない。
アンデッド程度であれば充分に逃げ切れるはずだった。
カタカタと音を鳴らす、骨のアンデッド……スケルトンさえ居なければ。
「なっ……!」
「スケルトンドッグ……!?」
そう、スケルトン。骨のアンデッドであるそれらは生前同様、あるいは更に機敏な動きをするとされるアンデッドであり、通常の腐れたアンデッドよりも格上にあたるモンスターだ。当然、モノによっては……人間よりも、速い。
そして、更に奥からは木々を倒して現れる熊のアンデッドの姿。狩人達を追い詰めるように現れるそれらに、狩人達は絶望をその顔に浮かべて。
「ブルルルルルルルル!」
ボギンベキン、と。そんな音を立てながら。スケルトンドッグが、現れた馬に砕かれた。
「う、馬……!?」
アンデッドではありえない、生気満ち溢れるその姿。アルテーロから助けが来たのかと安堵した彼等が見たのは、馬の上から跳ぶ赤い鎧の男の姿。まるで何かの冗談みたいに跳ぶその男は、その手に刃が枝分かれした不思議な剣を振りかぶって、アンデッドベアーを一撃で斬り捨てる。
「お、おい! そいつは剣じゃ……」
剣じゃ殺しきれない。そう叫ぼうとした狩人の声は、あっけなく地面に倒れたアンデッドベアーを見て止まる。
まるで普通の生き物であるかのように倒されたアンデッドベアーと、赤い鎧の男の持つ青い輝きを放つ不可思議な剣。
アンデッド達はその男を警戒するかのように囲み、もう狩人達には目を向けてすらいない。
「……骨のアンデッドか。初めて見るな」
「気をつけろ、そいつは普通のアンデッドよりも動きが速ぇ!」
「了解した」
機敏な動きで短剣を振るうスケルトン。だが、それ以上に男の方が速かった。
スケルトンが斬り飛ばされ、そのくらいでは倒れないはずのスケルトンが「ただそれだけ」でガラガラと崩れ骨に戻っていく。
まるで、その剣にアンデッドを殺す特別な力があるとでもいうかのように。
「……聖剣」
ぼそりと、狩人の一人がそんな事を呟く。
神官達に祝福され、光の力が込められているとされる剣。
あるいはそれをも超えるアーティファクトの剣。
そういった武器の噂を思い出し、もう一人の狩人も驚いたように男と剣を見る。
聖剣。あの特異な形も、聖剣なのであれば納得がいく。
あっという間にアンデッド達を全滅させてしまった男に、狩人達は駆け寄り声をかける。
「凄いな、アンタ……! 連中をあんなにアッサリやっちまうなんて!」
「ああ、その剣……まさか聖レリック教国の人だったりするのか?」
「いや、違う」
狩人達の問いに男はそう答え、その隣に先程スケルトンドッグを踏み潰した馬がやってくる。
考えてみれば、この馬も凄いが……こんな男に出会えたのは、狩人達の最大の幸運であっただろう。
「そ、そうか。なら戦士ギルドの人か? なあ、俺達を町まで……」
「すまないが、俺がそれを請け負うことは出来ない」
だが、その幸運は狩人達の腕をするりと抜けていく。
この場で男に見捨てられたらまたアンデッドに襲われて死んでしまうかもしれない。
そう考えた狩人達は男に縋ろうとして……しかし、続く男の言葉にその動きを止める。
「だが、スレイプニルがそれを請け負おう」
「ブルルッ」
抗議するような嘶きをした馬の鼻を、男が撫でる。
「すまないな、スレイプニル。だが彼等を見捨てる事もできん。お前なら出来るだろう?」
その言葉にスレイプニルと呼ばれた馬は軽く鼻を鳴らし「当然だ」とでも言っているかのような動きを見せる。
「……というわけだ。スレイプニルに乗れば、アルテーロまで送ってくれる」
「あ、ああ。でもアンタは……」
「俺にはやるべきことがある。一緒に戻るわけにはいかない」
そう言うと、男は身を翻し森の奥へと進んでいく。アンデッドを微塵も恐れぬその姿に、狩人は声をかける。
「ありがとう! なあ、アンタの名前……!」
「アルフレッドだ」
そう言い残して、赤い鎧の男……アルフレッドは森の奥へと消えていく。
その姿は、騒がしい一日の終わりを告げる黄昏時の太陽にも見えて。
……なんとなく。本当になんとなくではあるのだが……このアンデッド騒ぎがこれで終わるであろうことを、狩人達は確信していた。
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