見つけた、私の聖騎士!

 ガタガタと、馬車は進む。

 セレナに言われた北の山脈を目指し進む馬車を操作するアルフレッド達の旅路は、極めて順調だった。

 途中で盗賊に遭遇する事もなく、追われている馬車の類に出会う事もない。

 ……まあ、逆に言うと会わなすぎるのが少し気になりはしたが……何かあるよりは何もない方がいいに決まっている。


「いい天気ねー……」

「その話題は……はて、何回目だったかな。四回目くらいまでは数えていたんだが」

「数えてんじゃないわよ。金とるわよ」

「何故だ」


 アルフレッドの当然の疑問には答えずに、ヒルダは馬車の中でぐっと身体を伸ばす。

 二人旅では然程荷物の場所も取らず……というかアルフレッドが怖いくらいに物欲がないせいで、ほとんどはヒルダの荷物だったりするのだが、それはともかく。


「あー……ほんっと……いい天気だわ」


 それ以外に何もない。

 この先にある山脈……確か城壁山脈だっただろうか。

 バッサーレの人間に聞いてみても「え? よく知らないなあ」という反応が返ってくるばかりだった。

 まあ、商人ではなく町の人間であればそんなものだろう。

 しかも揃いも揃って海と魚の事しか頭にない海バカばかりだ。

 まあ出発してみれば分かるだろうと出てみれば、何もない平和な旅路である。


「あの占術女、たばかったんじゃないのー?」

「そんな人間じゃないだろう」

「でも、ここまで何もないと疑いたくもなってくるわよ」


 北の山脈の方角に希望を求め彷徨う灯火あり、だっただろうか。

 そんなものは、今のところ影も形も見えはしない。


「たとえ何もないとしても、それを喜ぶべきだ。彼女の見た「彷徨う灯火」とやらは、すでに希望を見つけたということになるんだからな」

「あたしはそこまで悟れないわー」

「それもまた君だろう」


 そんな会話をしながらも馬車は進み……遠くに見える山を、ヒルダは馬車の中から眺める。

 城壁山脈。その名前は、ヒルダだって知っている。

 英雄譚「竜殺しのアダート」の舞台であり、いつか行ってみたいと思っていた場所でもある。

 そのやっと訪れた機会が本物の英雄であるアルフレッドと一緒の旅路でとは、なんとも皮肉なものだが……。


「あら、向こうから馬車来るわね」

「そうだな……」


 対向方向から来る馬車に乗っている御者はアルフレッド達をちらりと見ると、すっと目を逸らす。

 その仕草にアルフレッドは何か怪しいものを感じ取ったが……怪しいからといって疑っていてはキリが無い。

 何より、怪しいというだけで疑われた側が無実であれば不憫であるし失礼に過ぎる。

 故に、大体の人間はここで御者の印象を記憶の隅に残して終わるだろう。


「……アルフレッド?」


 ……が、アルフレッドはその「大体の人間」に含まれない。

 馬車を止めると、御者台から降りて相手の馬車の前を塞ぐように立つ。


「すまない! 少し聞きたい事があるんだが、構わないか?」

「……ちっ、邪魔だ! 前に立つんじゃねえよ!」


 忌々しそうに馬車を止めると、御者の男はアルフレッドを睨みつける。

 その目はアルフレッドを油断なく観察しており……その様子を見ていたヒルダは小さく「あー……」と呟く。

 間違いなく「当たり」だ。アレは何か後ろ暗い事をやっている反応だ。

 しかも恐らく、実行中だ。よりにもよって大当たりだ。

 ということは、馬車の中に何人か「いる」だろう。


「いや、本当にすまないな。少しばかり聞きたいことがあるんだ」


 言いながら、アルフレッドは後ろ手で何かしらの合図を送ってくる。

 勿論手信号など決めてはいないので適当なのだろうが、何を言いたいのかは分かる。

 溜息をつくと、ヒルダはこっそりと馬車を降り……この先の道についてなど適当な話題を振っているアルフレッドとは反対側から静かに相手の馬車に近づいていく。

 問題はない。目立つアルフレッドは御者の男の注意を完全に引いているし、馬車の中に何か居ても息を潜めているはずだ。

 つまり、何の問題も……ない、と。そう思った矢先。相手の馬車の荷台からガタゴトと音が響いて、何かが飛び出してくる。

 それは縄で縛られた、白い服を纏った幼い少女。

 少女は転がるように馬車から落ちてくると、這いずりながら「助けて」と叫んで。

 その瞬間、アルフレッドは動いていた。

 馬車の中から「てめえ!」と叫んで出てくる男達よりも速く少女の元へと辿り着き、剣を引き抜く。


「……了解した。君を助けよう」

「くっ……! こうなりゃ構わねえ……女以外はやっちまえ!」

「おう!」

「囲め、囲んじまえば……!」


 ぞろぞろと出てくる男達を、アルフレッドは睨みつける。

 どう見ても、どう聞いても。正しいのがどちらであるかは明らかだ。

 だが、それでもアルフレッドは問いかける。


「……一応、言い訳があるなら聞こう」

「あ? 実は俺達が罪人を運ぶ役人だって言えば信じるかい?」


 ニヤニヤと笑う男に、アルフレッドは不敵な笑みを浮かべて答える。


「残念だが、そうは見えないな」

「だろう? 俺もそう思う。だからよ、兄ちゃん……大人しく死んどけ!」


 走り出す男達を、アルフレッドは迎え撃つ。

 振るわれる鉄剣ごと一人目の男を斬り裂き、そのまま驚いた表情の二人目を斬る。


「う、うおおおおおお!」


 やぶれかぶれといった様子で斧を振るう三人目を、斬り裂いて。

 四人目、五人目。アルフレッドの剣の前では、演劇の悪役の如しだ。


「ち、ちくしょう! なら……!」


 仲間がやられている隙にヒルダと縛られた少女の方へと、加勢しようとしていた御者の男が走る。

 弱そうな女子供を人質に。そう考えた男の目の前で、ヒルダがベルトから何かを取り出し構える。

 魔法使いの短杖か。そう考えた男は、焦りながらも走る。

 詠唱する前に押し倒しちまえば。そんな事を考えた男の肩を、ヒルダの構えた「何か」……魔導銃から放たれた魔弾が貫いた。


「ぎ、ぎゃああああ!?」


 続けて二発、三発。最後に一発が男の眉間に命中し、絶命する。


「……ふう」

「すまないな、ヒルダ」

「まったくよ。このアーティファクトがなきゃピンチだったわよ?」

「ああ、見事なものだった。あれなら俺も勝てるか分からないな」

「嘘つくんじゃないわよ……避けるでしょあんた」


 言いながらもヒルダは魔導銃をベルトに仕舞い……アルフレッドは少女の縄を素手で引きちぎる。


「大丈夫か? どういう事情かは知らないが……」


 災難だったな、と。そう言おうとしたアルフレッドに、銀の髪の少女は喜色満面で抱き着いた。


「見つけた……見つけた! 貴方こそが私の聖騎士ですね!」

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