魔境海域2

 ピリッと。船内の空気に緊張が走る。


「……そうよね、それが普通の反応よね?」


 腰の剣に手をかけた陽子が、ヒルダを庇うような位置に立つ。

 その顔に浮かぶ表情は親愛に満ちたものではなく……敵を前にした戦士のもの。

 陽子はすでに、セレナを敵として認識していた。

 一方のセレナからも、静かで冷たい……氷のような気配が放たれ始めている。


「……私はこの船に触れるのは初めてではありませんから」

「そうかもしれないわね? でもそれ以前に何らかの機械に触れうる立場にあった。違う?」

「だとしたら、何か?」

「聞きたいのは一つだけよ。「この状況」は、貴方の仕業?」

「いいえ」


 セレナから返ってくるのは、即座の否定。しかし、それを信じる程陽子はお人よしではない。

 そもそも、おかしいのだ。

 この世界の文化レベルは恐らくだが、「機械文明」という視点からすれば相当低い。

 いくら魔力で運用できるような仕組みにヴァルツオーネ号がなっているといっても、セレナはそれを違和感なく扱いすぎている。

 この世界の船が帆船であることを念頭に入れれば、それは異常といっていい。

 機械を扱えることと、その機械について理解していることは必ずしもイコールではない。

 何らかの知識があると考える事は当然。そしてそれは、今この世界が置かれている状況を考えれば決して良い意味ではなかった。


「……何をしている?」


 しばらく船外で気配を探っていたアルフレッドが戻ってきて見たものは、操船するセレナに向かい殺気を放つ陽子。

 そして、ただならぬ気配を放つセレナ。ついでに、目を塞いでいるヒルダだった。


「アルフレッド。その人、信用できないわ。異界の人間……私達と同じようなモノの可能性があるわよ」


 考えられる可能性としては、それが一番大きい。

 アルフレッドや陽子のような何らかのOVAの登場人物……それも、敵方である可能性が一番高い。


「……そうなのか、セレナ」

「違うと言えば、信じてくださいますか?」


 ヴァルツオーネ号を止め、セレナはアルフレッドへと振り返る。


「……それは」


 断言は出来ない。セレナは今回の件で協力してくれている仲間だ。

 その行動に一切の裏切りは無かったし、真摯に協力してくれている。

 だからこそ、気軽に「敵だ」とか「信用できない」というのは憚られた。

 しかし同時に陽子はアルフレッドの力で一時的に呼び出している英雄の一人だ。

 その精神性には疑いが無く「確実な味方」でもあった。

 そんな陽子が思いつきでこんな事を言うとも思えず、アルフレッドは軽い混乱に襲われていた。


「……いや、まずは状況を整理するべきだ。何故セレナが敵方だと?」

「機械を知ってたわ。ヒルダに一応聞くけど、この世界で機械は見たことある?」

「キカイって、この船のことよね? こんな船なんかあるわけないでしょ。王族だって持ってないわよ」

「ほら、こんな反応よ。分かるでしょ?」


 機械と言われて、ヒルダはヴァルツオーネ号、あるいはそれと同じような船のことだと理解した。

 機械という概念を知らない者からすれば、そんな反応で当然だ。

 だがセレナは違う。セレナは機械という概念を充分以上に知っている。

 そしてそれは、とても奇妙なことなのだ。


「……だとしても、今のセレナは敵ではない。俺はそう思う」

「アルフレッド様……」

「俺が以前敵対したドーマやデルグライファは、確実に人間の敵だった。そして他に「そういう存在」が居たとしてもおかしくはない。おかしくはないが……その全てが人間に敵対するものだとは思えない」


 OVAとは一つの英雄譚だ。そこには主人公として定められた者と敵として定められた者が居て、争い合うのが宿命ではある。

 だが、その軛から抜け出した者がそれに従う道理があるだろうか?

 その精神が悪そのものであれば再び悪を成すのかもしれないが……そうではないのであれば、戦う理由を無くし静かに暮らしていることだってあるかもしれない。


「聞かせてくれ、セレナ。もし君に事情があるのなら、ここで説明しておくべきだと俺は思う」

「……」


 未だ警戒を解かない陽子と、その逆にセレナを信頼している様子を見せるアルフレッドを見て……セレナは小さく息を吐く。


「……確かに、私はこの世界の人間ではありません」

「そう、か」

「ええっ!?」

「……やっぱり」


 三者三様の反応を見せるアルフレッド達だが、ヒルダは驚きのあまり目を塞ぐことを忘れてしまっている。


「改めて自己紹介致しましょう。私はゼロノス帝国「地球」制圧部隊所属、『水魔星』セレナ。元の世界において裏切り者の『天魔星』に敗れ死んだ……はずだった人間です」

「死んだ、はずだった……?」


 この時点で、アルフレッドはセレナの認識が自分とは違う事を理解する。

 アルフレッドは自分達の居た世界が虚構であったことを知っている。

 だが……セレナの、いやサンバカーズの話も含めれば。


「はい。私を呼ぶ何者かに引っ張られ、この世界に飛んできていました。途中で抵抗した結果、バッサーレに落ちてしまったわけですが……恐らくは、ロクなものではないでしょうね」

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