魔境海域
……ちなみにだが、古来より海というものは神秘の領域とされていた。
海の果てこそが世界の果てであると言う者も居たし、海の先は何もなくて、海の水はそこから奈落へと流れ落ちていると言う者も居た。
海の底にはかつての人間の大陸とその遺産が眠っていると言う者も居たし……あるいは、海の底には信じられない化物がいると言う者も。
比較的現実的な者ですら、海の先には自分達を豊かにする未知の何かがあると信じて疑わなかったのだ。
そうした想像はアルフォリアでも無数の神話や英雄譚を生んだが……アルフォリアではない世界においても、それは同じだった。
そうしたものは時として、OVAの敵役としても描かれていたりもした。
……たとえば。夜になると何処からともなく現れる、他の船を狙う幽霊海賊船。
「はっ!」
放たれた砲弾のうち、どうしても避けきれぬものを船の上に乗ったアルフレッドが剣で弾く。
夜が更け月が雲に隠れ始めた頃に突如として現れた海賊船。警告すらなく砲撃を放ってきたソレに対応できたのは、陽子が「怪しい魔力の動き」を感知したからだったが……それを聞くと同時に船外へと走り出たアルフレッドの行動の素早さのおかげでもあっただろう。
「ちょ、ちょっと! なにあれ! あれってタイホウってやつでしょ!?」
「そうよ! セレナさん、あれ意外と射程短いわ! 離れて!」
「ええ。しかし近づかなければアルフレッド様が対処できないのでは?」
つかず離れず、といった位置をキープしながら見事な操船技術を見せているセレナがそう問えば、陽子はうっと呻く。
「てゆーか、あんなボロボロの帆でどうやって動いてんのよアレ!」
「え? さあ。てゆーか、あの船の甲板にいるの……どう見ても骸骨だし、幽霊船ってやつなんじゃないの?」
「アンデッドじゃないの!」
砲撃音が精神をかき乱すのか、いつもより余裕のないヒルダに陽子は「そーねー」と適当な返事を返すが、正直に言って陽子はそれどころではない。
「なんなの、この海……あの船もそうだけど、夜になった途端に色んな気配が湧いて出たわよ!?」
「……私も、ここまで濃い魔力の気配は初めてです。とはいえ、これ程の異常が今まで観測すらされていなかったとは考えづらいところです」
「そりゃそうよ! 魔力異常起こしてても全く驚きじゃ……」
言いかけた陽子は、船外の「それ」に気付き絶句する。
「な、に……あれ」
陽子の視線の先。
船の窓から見える、空の先。
雲に隠れていたはずの月が浮かぶ空。
冒涜的な形にねじくれ曲がった、紫色の月の浮かぶ空。
「……なるほど、異界ですか」
「知ってるの?」
「うえっ、何よあの月! え、月よね!?」
月に気付いたヒルダの視界を手の平で塞ぎ、陽子はセレナに問いかける。
「先程の話の続きです。恐らく、魔力異常は起きていた……そして、今までそれが観測されなかった理由。閉じた異界に、その全てが取り込まれていたからと考えればある程度納得がいきます」
「結界ってこと……!?」
「ちょっとした知己の術者の話ですが、特定の海域を通るモノを取り込む異界と呼ばれるモノがあるそうです。今まで外にその異常が気付かれなかったというのであれば、あるいは結界に似ているのかもしれませんが……」
言いながら、セレナは砲弾を操船で回避していく。
「で、どうやって抜けられるのよ。ていうかなんで視界塞ぐのよ!」
「念のため。ああいうのにはタチ悪い呪いかかってる……ていうか、ビンビンにこっちの精神に干渉してきてるし。まともに見ると狂うわよ、あの月」
「げっ」
あっという間にヒルダは大人しくなり、その様子にセレナがクスクスと笑う。
「ここを抜ける方法……に関しては存じませんが、結界であるならば術者を倒せば抜けられるでしょう」
「異界、だった場合は?」
「さあ。私もその概念に関しては詳しくありませんので」
「打つ手なしってことね……」
視界の隅で、幽霊海賊船が轟音と共に撃沈される音が響く。
「あー……私の剣か。そういえば使えるもんね、アルフレッド」
神姫ヴェガ……陽子の使う必殺技、ラ・アウラール・レナーガ。
光の力を破壊力に変えて解き放つそれであれば、あの幽霊船には特に効いただろう。
おどろおどろしい悲鳴と共に沈む幽霊船から無数の「何か」が飛び去っていくのが見えるが、なんともおぞましい光景だと陽子は思う。
「……で、幽霊船が沈んでも異界に変化は無し、と。計器のほうはどう? ソナーとかに何か別の反応ある?」
「計器類については、どれも異常反応のままですね。ソナーに関しても、信用できるかは分かりませんね。下手に打てば逆に何かに勘付かれる恐れもありますし」
「そっかあ……まあ、仕方ないよね。機械だもの」
「ええ、そうですね」
肩をすくめる陽子にセレナは頷き……すでに目を塞がれるまでもなく自主的に目を閉じていたヒルダが、二人の会話に疑問符を浮かべる。
「何の話か分かんないんだけど……ケーキだかソナーだかってのが何だってのよ?」
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