町中へ
「えーと……胡椒と塩を一掬いずつ。あとは……んー……」
スパイス売りの店で幾つかの調味料を買い込んだヒルダは袋をアルフレッドに渡すと、次の店を物色し始める。
豚肉を一塊、調味料が袋で三袋。野菜を幾つか。量としてはそれほどではないが、こうなるのであればスレイプニルを見張りに残さず連れてくればよかったとアルフレッドは後悔する。
まあ、ヒルダの渡してきた袋に入れているので然程嵩張っているわけでもないが……どうにも周りの暖かい視線が気になる。
「あとはー……パンかしらね」
「お、ヒルダちゃんじゃないか。噂の騎士様とイイ感じになっちまったのかい!?」
「あはは、違う違う!」
雑貨を売っているらしい店の店主に声をかけられたヒルダが笑って返すが、その一瞬で「暖かい視線」がギラリとしたものに変わりアルフレッドは思わず腰の剣に手が伸びかけて。
「ねえねえヒルダ! その髪飾り、騎士様から貰ったんでしょ!?」
「うわあ、凄い! 高そう!」
「ねえねえ、もう婚約とかしちゃったの!?」
「あ、まさかもう……!」
「え、嘘!? ヒルダが!?」
あっという間に若い少女達に囲まれたヒルダを見てアルフレッドは呆気にとられた顔をしたまま固まり……やがて、ヒルダが疲れた顔をしながらその中から抜け出てくる。
「ちょっと! 助けなさいよ!」
「ん? あ、ああ。すまん」
困ったように頭を掻くアルフレッドにヒルダは大きな溜息をつくと、夜叉金冠を突く。
「やっぱ目立つわね、これ」
「だろうな。しかし役に立つのは間違いない」
「……どうかしら。さっき囲みから抜け出すのに役立ったようにも思えないけど……」
「なんだ。跳ね飛ばしたかったのか?」
「まさか」
「なら、そういうことなんだろう」
笑うアルフレッドにヒルダは納得いかないような顔をするが、実際に夜叉金冠はそういうアイテムであったりする。
必要のない時にはただの金のアクセサリー。そういうものなのだ。
「もうちょっと目立たないの無かったの?」
「無いな。どれも英雄が身に着けるに相応しいものばかりだ」
「何それ」
そう、どれも英雄の身につけていたものばかり。空っぽのアルフレッドとは違い、確かな能力を秘めた物品達だ。
それが今はアルフレッドを……そしてヒルダを助けてくれている。
「アルフレッド?」
「ああ、いや」
遠くを見るような目になったのに気付いたヒルダが声をかけてきて、アルフレッドは誤魔化すように笑う。
「この場も混んでいるな、と思ってな」
簡単な作りの露店の並ぶこの場所だが、昼時のせいか人通りが多い。
店によっては調理した食べ物を出している店もあり、スープや焼き串を頬張っている人の姿もある。
「そりゃそうよ。だからこそ安全ってのもあると思うしね」
この場所は人が多い。
人が多いということはその分見られているということでもあり、手は出せないだろうとヒルダは思う。
少なくともヒルダであればそうだ。それはあの襲撃者達が家に潜んでいたことからも確かだと思っている。
そしてその思考は、確かに間違ってはいない。
人の多い場所で仕掛けたくないというのは、襲撃者の当然の思考だ。
間違ってはいない。
襲撃者の考え方としては、間違ってはいない。
……だが。
ギイン、という鈍い音が響く。
それは突き出されたナイフを剣が弾いた音。
アルフレッドの隣を横切った老人が突き出したナイフを、素早く引き抜かれたアルフレッドの剣が弾いた音。
毒でも塗ってあるのか怪しい輝きを放つナイフを持っていた老人は小さく舌打ちをすると、素早く人混みの中に消える。
そしてそれとほぼ同時。急に感覚が冴え渡ったヒルダは嫌な予感の示すままに横へと飛び……その瞬間、小さなナイフを空振りした少年の姿を目にする。
「なっ……」
すぐさま人混みの中に少年は消えていくが、その事実にヒルダはぞっとする。
間違ってはいなかったはず。
しかし、間違っていた。
暗殺者には、人の目がどうのなんていうものは関係なかったのだ。
あんな目立たない姿に偽装して殺しに来る。つまり、それは。
「あ、アルフレッド!」
「ああ。すぐにこの場を離れるぞ」
アルフレッドはヒルダに買い物袋を渡すと、そのまま抱きかかえ走り出す。
その姿にポカンとしていた人々は……やがて何が起こったかを理解し一気にザワつき始める。
通り魔、という言葉も聞こえてくるが、そんな間違った情報では今の暗殺者達を捕らえることは出来ないだろう。
そもそも先程の姿だって変装ではないと誰が言えるのだろうか。
「なるほどな……あれが暗殺者というものか!」
「あんな場所で仕掛けてくるなんて……! ヤバい連中だとは思ってたけどやっぱり……!?」
その瞬間、アルフレッドとヒルダは同時に「それ」へと振り向く。
「はあっ!」
アルフレッドが剣を抜き飛んできたナイフを弾く間にも、ヒルダは軽やかな動きでアルフレッドの腕から跳んで着地する。
勿論これはヒルダの力というわけではなく……その頭で淡く輝く夜叉金冠の力であるのは明らかだ。
「分かる……そこ!」
落ちていた石をヒルダが拾って投げると、暗い路地裏に居た黒装束の何者かがくぐもった声をあげる。
そのまま逃げ去る黒装束を追おうとして……ヒルダは突然、その意識をブラックアウトさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます