魔境海域5

「結構な魔力を補給しているはずなのですが……」


―足りません、ミス・セレナ。当船の全機能を使用するには最低でもあと60%、武装の使用にはあと30%の補給が推奨されます―


「どうすればいい」


 ヒルダを陽子に預けたアルフレッドはセレナのいる操縦盤に近づくと、ヴァルツオーネ号へとそう問いかける。


―エネルギー……この世界の概念でいえば魔力を補給してください―


「その方法を聞いている」


―操作盤に手を。そこから魔力を流し込んでください。それで事足ります―


「こうか」


 セレナの触れている操作盤の上からアルフレッドが手を重ね、魔力を流し込む。

 その方法自体は他の道具と何ら変わりない。

 ……だが、アルフレッドと操作盤の間に手を挟み込まれたセレナは冗談ではない。


「あ、アルフレッド様!? 私が手をどけますから、ちょ……!」


―魔力充填開始。良好。補給エネルギーが使用エネルギーを上回っています―


 アルフレッドの魔力が僅かではあるがセレナにも流れ込み、その体内を駆けまわる。

 ちなみにだが魔力というものは個人差がある為、他人の魔力を自分の中に流し込むというのは違和感の塊でしかない。

 それでいて魔力が増える感覚があるものだから、あえて例えるならば美味しいジュースか何かを出会い頭に瓶ごと口にねじ込まれた感覚にも似ている。


「ああ、もう!」


 少し乱暴にアルフレッドの手から自分の手を離すと、セレナは輝きが増してきた操作盤をタッチしていく。


「逃げるにも限度があります……! 武器はまだですか!」


―まだ時間がかかります、ミス・セレナ。現在エネルギー17%から19%の間を推移―


 水中で追ってきているのか、それとも凄まじい巨体なのか。

 分からないが、触手はヴァルツオーネ号を追ってきているし数も増えている。

 当たるどころかかするだけでもどんなダメージを受けるか分かったものではない。


「……なら、私がどうにかするしかないわね」

「へ?」


 揺れるヴァルツオーネ号の中でヒルダを支えていた陽子はそう言うと、ヒルダをひょいと抱えてアルフレッドの近くまで持っていき……そこで降ろす。


「え? え?」

「ほら、アルフレッドをしっかり掴んでて。つーか抱き着いてた方がいいわね」

「いや、なんなのよ!?」

「なにって。今からあの触手を何本か吹っ飛ばすから。船の中転がるよりマシでしょ?」


 先程から微動だにしないアルフレッドにしがみ付いていれば安全だ、と諭されればヒルダとしてもアルフレッドに抱き着くしかない。

 ヴァルツオーネ号の中でコロコロ転がっているなど冗談ではないし、踏み止まれるほどヒルダの体幹は強靭ではない。


「マシだけど……アンタは大丈夫なの?」


 ヒルダがアルフレッドに抱き着いたのを確認すると、陽子は快活な笑みを見せる。


「あー、任せて。不安定な足場で戦うのも、デカいのと戦うのも慣れてるから。ま、呼ばれた分は働くわよ」


 そう言うと、陽子は駆け出しヴァルツオーネ号の天井へと駆け上がる。


―ミス・陽子。エネルギー充填までおよそ384秒。それだけもたせてください―


「おっけーおっけー。んじゃ始めましょうか、化物退治!」


 叫ぶと、陽子は腰の剣を……「ヴェガの剣」を抜き放つ。

 多重世界クルシャンテにおける「神姫ヴェガ」の証であり、陽子の相棒。

 光を導き、闇を祓う聖剣。ヴェガの剣とだけ名付けられたその剣は、この歪んだ月の下でも清浄な輝きを失いはしない。


「ヴェガの剣よ……力を!」


 掲げたヴェガの剣に、輝きが集う。光り輝くヴェガの剣を構え、今まさに振り下ろされようとしている触手を陽子は睨みつける。


「……光よ、集え」


 それは、アルフレッドが使った時と同じ……いや、それよりも強く。

 ヴェガの剣に、眩いばかりの光が集う。

 白く、眩く。神々しく。世界を埋め尽くす程に激しく。

 ヴェガの剣は轟音と共に力を増し、周囲の風が逆巻いていく。

 振り下ろされる触手を睨み、クルシャンテの神話に語られる「伝説」が振るわれる。


「闇を裂き、世界に光を……! ラ・アウラール・レナーガ!」


 放たれたのは、光の奔流。狂った闇を呑み込み砕く光が、深き闇を裂き夜明けを齎す光が、巨大な触手を消し飛ばし空へと昇る。

 空に波紋のような歪みを発生させ、触手の一本が確かに消し飛ぶ。


「……なるほど、異界……ね」


 普通の空ではありえない反応を見せたソレに陽子は軽く舌打ちをすると、他の触手へと向き直る。


「さあ、どんどんいくわよ! ラウル・ジャベリン! ゼア・ゼア・ゼア!」


 ゼア、と陽子が叫ぶ度に陽子の周囲に浮かぶ光の槍が増えていき……その数が二十本以上となった辺りで「いけ!」と叫び全ての光の槍が放たれていく。

 それは次から次へと幾つかの触手に命中し、僅かながらその動きを鈍らせる。


「輝ける光よ、邪悪を縛れ……ラウル・バインド!」


 光の槍の命中した触手から光の鎖が現れ、触手同士を繋ぎ更に動きを制限してしまう。

 そしてその間にも、陽子の動きは止まる事はない。陽子の手は水平に掲げたヴェガの剣の刀身を撫で……その動きに合わせるかのようにヴェガの剣に光が宿っていく。


「ヴェガの剣よ、邪悪を断つ力を……此処に!」


 そして、一際強い輝きがヴェガの剣から放たれる。

 輝くヴェガの剣を腰だめに構えると、陽子は縛られている触手へと視線を向ける。


「切り裂け……ル・ラウル・スラーゼン!」


 そして放たれたのは、巨大な光の刃。陽子の斬撃に合わせるようにして放たれたそれは無数の触手に命中し……しかし、その全てを斬り落とすとまではいかない。

 そして、陽子の右、左……背後からも新たに触手が現れる。

 ヴァルツオーネ号がセレナの操船で避けるにも、陽子が迎撃するにも限界がある。


「くっ……!」


―ミス・陽子。thanks、感謝します。エネルギー85%を突破。7秒以内に船内への退避を。カウントダウン開始。7、6-


「え、ちょっ!」


 慌てたように陽子が滑り込む間にも、そのカウントダウンは進んでいく。


―3、2、1、0。対海獣用ハウゼン式魚雷連続射出。続けて対空ベルンカノン、斉射。7秒後に変形プロセスを開始します。各員、衝撃に備えてください―


 触手が何かの衝撃で大きく揺れ、ヴァルツオーネ号から伸びた砲身からレーザーが射出される。

 それは触手の表面を焦がすが、ほんの少しの間触手を躊躇わせるには充分で。

 その数瞬の間に……ヴァルツオーネ号が、まるで分解するかのように割れた。

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