魔境海域4

「え? えーっと……人質ってこと?」

「ふふふ、単なる仲間の証明ですよ」


 そっと逃げようとしたヒルダを抱き寄せると、セレナはアルフレッドへと視線を向ける。


「……それなら私でもいいはずでしょ?」

「いいえ、陽子さん。貴女を私のアクエリオスに乗せる理由がありません。というよりも、意味がありません」


 しっかりとヒルダを抱きかかえたセレナをまさかヒルダごと斬るわけにもいかず、陽子は視線でアルフレッドに「どうするの」と問いかける。


「聞くが、何故ヒルダを? 俺がお前をどうにかするとでも考えているのか?」

「いいえ? ですが、私を信用してくださるのであれば容易なはずです。どのみち、全員で脱出するにはレディウスとアクエリオスに分乗する必要があるのですから」


 元々定員一名のところに詰め込むわけですからね、とセレナは微笑む。


「……それなら、私が此処に残れば」

「その選択をアルフレッド様はしません。そして恐らくですが、今は「戻る」こともできないのでは?」

「え」


 言われて陽子は、確かに「戻る」事が制限されていることに気付く。


「この手の異界は逃がさない事に全力を注ぐものです。つまり、貴女もまたこの異界から何らかの方法で脱出しなければいけないわけです」


 確かに、今の陽子は「本物」の見ている夢のような存在といえど「戻る」事を前提に呼び出されている。

 たとえ死んだとしても戻るだけだが、それが制限されているとなると本体にどのような影響が出るか分からない。

 何もないと仮定する事もできるが……そうではないかもしれない。である以上、賭けには出られない。


「分かった。ならばヒルダを君に預けよう」

「ちょ、アルフレッド!?」

「君は俺を疑っていないと言った。ならば何か別の理由がある……そうだろう?」


 アルフレッドの問いかけに、セレナは頷いて肯定してみせる。


「その通りです。具体的には、レヴィウスに乗せている場合高確率でヒルダさんは死亡されるでしょう」

「なに……?」

「レヴィウスは攻撃に偏った魔星機です。搭乗者の安全については、最低限しか考慮されてはいません。員数外の同乗者を魔星剣のエネルギーの余波から完全に保護するとは、私は考えておりません」


 ですが、とセレナは抱き寄せていたヒルダを更に強く抱きしめる。


「私のアクエリアスは違います。いざという時の救助機も兼ねたアクエリアスにだけは、二人目の席があります。そしてアクエリアスであれば、星斬剣の余波から守ることくらいは簡単なものです」

「……なら、最初からそう言えばいいだろう」

「打算だけの関係というのも、寂しいでしょう?」


 まったく悪びれずに笑うセレナにアルフレッドは溜息をつく。

 つまるところ、セレナはアルフレッドが自分の提案を受け入れると分かったうえで遊んでいたのだ。


「……分かった。ヒルダのことは君に任せよう」

「ええ、確かに」

「ええー……マジで?」


 ヒルダは少しばかり嫌そうだが、今の話を聞いて「アクエリアスとかいうのに乗りたくない」と言えるはずもない。


「では、早速……」


 セレナが言いかけたその瞬間。ヒルダを除く三人が、同時に「何か」に反応する。


「これは……」

「何か、来る……?」

「大きい……」

「へ、何? 何?」


 周囲を慌てたように見回すヒルダだが、彼女の一般人並みの感覚には何も引っ掛かりはしない。

 ……だが、流石に気付く。

 海から出てくる、巨大なタコの足のようなものを見れば嫌でも。


「な、ななな……!? 何あれ! え、クラーケン!?」


 クラーケン。巨大なイカの化物と呼ばれるモンスターの名前をヒルダは叫ぶが、それにしても大きすぎる。

 一つの触手がヴァルツオーネ号よりも巨大なのだ。


「……いけない!」


 セレナが素早くヴァルツオーネ号を発進させ、船を潰そうと振るわれた触手を回避する。

 巨大な水飛沫をあげながら海を叩いた触手はそのまま海の中に沈むこむが、衝撃で発生した波がヴァルツオーネ号を揺らしヒルダは船の中を転がり……そのままアルフレッドの胸の中に転がり込む。


「あ、ありがとアルフレッド……!」

「ああ。しかしアレはクラーケンというのか……!?」

「わ、分かんない! クラーケンは巨大なイカの化物のはずだけど、なんか色はタコっぽいし!」


 巨大なタコの化物がいるのかといえば「そんなモンスターの目撃者はいない」と答えるしかない。

 ひょっとすると居るのかもしれないが、生存者は居ないということだ。

 ……それに、そうだとしても大きすぎる。

 普通のクラーケンでも大型船を絞め殺す程度だが、この触手であれば大型船を触手一本で叩き潰せるはずだ。


「とにかく、この場を脱出するしかありませんね……!」

「さっき言ってたアクエリオスとかってのは使えないの!?」

「この状況では呼べません! 陽子さん、貴女この船を操縦できますか!?」

「無理! そういう細かいの無理!」

「でしょうね!」


 陽子とそんな掛け合いをすると、セレナの指がヴァルツオーネ号の操作盤を滑る。


「貴方もいい加減目覚めなさい……! 同じようなモノの相手はしているから分かるんですよ!?」

「は!? 一体何を……」


―その言い方には語弊があると指摘します。当船はエネルギー不足の為、本来のスペックを発揮できていません。故に管理AIである私がスリープモードとなるのは当然の措置です―


「な、なんか声聞こえたわよ!?」


―落ち着いてくださいミス・ヒルダ。私はヴァルツオーネ号管理AI。人間風に言うのであれば、私がヴァルツオーネです―


「……えーと」


―喋る船であるとご理解いただければ幸いです。続けて警告します。当船はエネルギー不足です。具体的には5%から7%の間を推移しています。エネルギーの補給を推奨します―

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