城壁門の町ラグレット2

「いらっしゃい!」

 

 アルフレッド達の馬車がやってくるのに合わせて、暇そうな顔をしていた馬車預かりの店の店主が笑顔で駆けてくる。


「馬車を預けたいんだが」

「ええ、ええ! 何日くらいをご予定で?」

「まだ決まってないのよ。とりあえず20万イエンくらい渡しとくから、余ったらその分返金ってことでどう?」


 ヒルダがそう交渉すると、店主は少し驚いたような表情をしながらも頷いてみせる。


「ええ、ええ。うちは一日5000イエンを最低額としてお預かりしておりますから、そうなりますと40日はお預かりできますな」


 ちなみに最低額、というのは馬車の中には無駄にデカいものや扱いに特殊な何かが必要になるものなどがあったりするからだが、ヒルダ達の馬車は最低額でいいと店主は判断したらしい。


「ま、そこまで長逗留でもないと思うわよ」

「そうですか。私と致しましては長逗留して頂ければ儲けになるので構わないのですが」

「そう簡単にゃ儲けさせないわよ」


 言いながらヒルダは御者台から降り、幾つか荷物を選んで荷物袋に入れ運び出す。

 馬車預かりの店では荷物は一応見てくれはするが、本当に守ろうと思ったら別料金で警備を雇うか何かしなくてはならない。

 そんな金を払うならヒルダは自分で守るし、そこまでの大荷物でもない。


「んじゃ馬車は任せたわよ。行くわよ、二人とも」

「そうですね」

「ああ」


 言いながらシェーラとアルフレッドも頷き、御者台から降りて。

 そのまま通り過ぎようとしたアルフレッドは、僅かな金属音を聞いて振り返る。


「おや、どうされました?」

「……いや」


 不思議そうな顔の店主にアルフレッドはそう答え、再び前へと向き直る。

 何か金属の鎖が擦れ合うような音を聞いた気がしたのだが……まあ、そういうこともあるだろう。

 装飾品の類を店主がつけていたところで、然程珍しい話でもないはずだ。


「何よ。何かあったの?」

「たいしたことじゃない」


 ヒルダの問いにアルフレッドはそう答え、歩みを進める。

 旅人の居ない町は静かなものだが、それはバッサーレでも同じだった。

 バッサーレと違うのは、住民に不幸そうな様子が見えないところだろうか?


「なーんかこう、皆平和な面してるわよね」

「いい事です」


 道行く人々は皆笑顔であり、ドラゴンの脅威が迫っているようには見えない。

 それはシェーラの言う通り確かに良い事なのだろうが、少しばかり違和感をも感じる。


「んー……」


 誰かに尋ねてその違和感の理由を確かめる事も出来るのだろうが、もしギリギリの心理状況での強がりだったりしたら、下手に突く事でそれを崩してしまわないとも限らない。

 それで町の敵認定されたりしたら敵わない。


「ねえ、アルフレッド」

「なんだ?」

「宿探す前に、ちょっとギルド寄っていきましょ」


 これだけ大きい町であればギルドも当然存在する。そこで情報収集する分には問題はないはずだ。


「ああ、戦士ギルドか?」


 アルフレッドは戦士ギルドのカードを持っている。

 カード持ちがある程度優遇される事を考えると、情報収集にも有利であることはアルフレッドにも分かる。

 だが、シェーラが懐から取り出したのはヒルダの……罠士ギルドのカードだ。


「行くのはこっち。大体どういう場所にあるかは分かるから。行くわよ」


 戦士ギルドは大抵大通りにある。

 そして罠士ギルドは裏通りではないものの、大通りからは少し離れた場所にある。

 大体は人があまり入り込まないような、しかし怪しすぎないような……そんな絶妙な場所を見極めている。

 そしてそれはラグレットの町においても例外ではない。


「お、あったわよ」

「まるで来た事があるみたいに迷わないんですね……」

「罠士ギルドは大体似たような立地にあんのよ」


 どういう場所にあるかさえ分かっていれば罠士ギルドを探すことは難しくないし、所属を目的とする者にとってはそれが最初の試練なのだ。


「んじゃあたしは中行くけど、どうする? 神官サマは外で待ってる?」


 さりげにアルフレッドの手を引っ張るヒルダに気付き、シェーラは反対側のアルフレッドの手を掴む。


「私も行きます」

「そう? じゃあ行きましょ」


 閉じられていた罠士ギルドの扉を開き中へと入ろうとして。


「ん?」


 ガチャリ、と。そんな音を立てた扉は開かない。


「ん? んん?」

 

 ガチャリ、ガチャガチャと扉は引っ張る度に音を立てる。

 鍵がかかっているのだと気付いたヒルダは、扉に耳をくっつけて中の音を聞こうとする。


「……んー?」

「誰もいらっしゃらないんでしょうか?」

「罠士ギルドよ? 留守番役くらいいるわよ」


 何かの仕掛け扉かとヒルダは扉を隅から隅まで調べ始める。

 ごくたまにだが、このくらいの仕掛けをどうにか出来なきゃ入れる資格はないと、そんな悪戯を仕掛けてくる罠士ギルドもあるのだ。

 ……だが、どこにもそんな仕掛けはない。


「てことは、普通に鍵かかってるってこと? いやまさか……」


 鍵穴を調べ始めたヒルダは、やがて仕事道具を突っ込むと数分もたたないうちに解錠してしまう。


「鍵に仕掛けも無し、か。どういうことかしらね……」


 躊躇いなくドアを開けるヒルダにシェーラは微妙な表情をするが……罠士ギルドの中へ入っていくヒルダとアルフレッドを見て、慌てたようにその後を追っていく。

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