夕方、大熊の髭亭

「出てこい、旅の戦士! 僕とビオレを賭けて決闘しろ!」


 大熊の髭亭の前でそう騒ぎ始めたラボスの声を聞いて、ベッドに寝ころんだままのヒルダは「ほら来た」と楽しそうに声をあげる。

 窓を閉めているのにビリビリと響くその声にビオレは思わず耳を塞ぎ、アルフレッドも顔をしかめる。


「ほら来た、じゃないだろう。この宿は壁が薄いのか? 随分響くぞ」

「そんなわけないでしょ、拡声の魔道具か何か使ってんのよ。ああやって騒いでるってことは、あいつはちゃんと仕事してんのね」


 そう、大熊の髭亭は認めた客以外は通さない。

 勿論、通さないと拙い相手というのもいるのでその辺りはケースバイケースだったりするのだが、フルシード男爵の三男程度が相手であれば絶対に通さない。

 それ故にああして表でラボスが騒いでいる、というわけなのだが。

 何度か響く「腰抜け」だのなんだのという挑発的な叫びをアルフレッドは気にした様子もないが、その視線は耳を塞いでいるビオレへと心配げに向けられている。


「ああやってずっと騒がれても迷惑だろう。君の策では、この後どうするんだ?」

「んー? 無理矢理踏み込んでくるようならそれで終わりだったんだけどね。流石にそこまで馬鹿じゃなかったかあ」

「……つまり?」

「このまま騒いでれば流石に警備隊を敵に回すでしょ。それでいいんじゃない?」

「なるほど、よく分かった」


 ヒルダの答えに頷くと、アルフレッドは立ち上がり窓へと向かっていく。


「あー……やっぱりソレ選ぶんだ?」

「当然だ。向こうから決闘を望んでいるのならば、俺が出れば済む話だ」


 そう言い放つとアルフレッドは窓を開け放ち、外にお付きの騎士と共に立っているラボスを見下ろし……そのまま、一気に飛び降りる。


「えっ、アルフレッド様!?」

「おー、いきなり飛び降りるか。そういうとこも普通じゃないわね」


 ビオレとヒルダがそれぞれの反応を見せ……しかし、一番驚いたのは騒いでいたラボス達だ。

 その手に持っていた円錐型の拡声の魔道具をポロリと落とし、二階から飛び降りてきたアルフレッドを信じられないものを見る目で見つめる。


「な、な……」

「……決闘と言ったな、ラボス・フルシード」


 ゆっくりと立ち上がり自分を見据えるアルフレッドに、ラボスは精一杯の虚勢を込めて睨み返す。


「そうだ! 僕とビオレを賭けて戦え!」

「つまり負けたらビオレにはもう手を出さないということだな?」


 そんなアルフレッドの当然の要求に、ラボスは一瞬だけ迷う。迷うが……腰の魔剣にチラリと視線を落とし、一気にそれを引き抜く。


「フン、そんな事は僕に勝ってから言ってもらおうか! この魔剣デルグライファさえあれば、貴様などに負けるものか!」

「……いいだろう、ならば受けて立つ」


 高々と魔剣を掲げたラボスに対し、アルフレッドは何の驚きも見せはしない。

 ただ静かに剣を抜き構えるその姿に苛立ち……ラボスはしかし何とか耐える。

 自分の手にはドーマの用意した魔剣がある。そう、これはドーマの策だ。ドーマを信じていれば何の問題もない。そう、ドーマがそう言ったのだから、何の間違いもない。そう、だから。


「僕が……勝つ! いくぞぉ!」

 

 魔剣デルグライファに魔力を込め、ラボスは走って。

 勝利を確信して振るった剣が、アルフレッドの剣とぶつかり合う。

 ……そして。ラボスの手からすっぽ抜けた魔剣デルグライファは、そのまま回転して地面に突き刺さった。


「……は? え?」

「俺の勝ちのようだな」


 首元に向けられたアルフレッドの剣と、地面に突き刺さった魔剣デルグライファ。

 それを信じられないような目で見ながら、ラボスは「え?」と繰り返す。


「馬鹿な。だって、魔剣なんだぞ?」

「その魔剣とやらがどれ程凄いかは知らないが、本人の力が伴わなくてはな」


 アルフレッドからしてみれば、ラボスは隙だらけだ。

 剣の握りもなっていないし、どんな凄い剣を持っていようと意味がないと思えたのだが……。

 どちらにせよ、これで全て解決だ。そう考えた、その瞬間。飛んできた何かを、アルフレッドは剣を引き戻し弾く。


「……なっ!?」


 それは、ラボスが先程振るっていた魔剣デルグライファ。

 弾かれてた魔剣デルグライファは宙を回転しながら舞い、再びアルフレッドへと襲い掛かる。

 弾いて、弾いて、弾いて。それでも魔剣デルグライファは様々な方向からアルフレッド目掛けて襲い掛かる。


「は、ははは! 見ろ、これが僕の魔剣の力だ! 何が勝ちだ! そっちこそ、今すぐ負けを認めるなら許してやるぞ!」


 アルフレッドに襲い掛かる魔剣デルグライファを呆然と見ていたラボスは嬉しそうにそう叫び、背後で見ていた騎士達はしかし、その魔剣を気味悪そうに見る。

 あんな空を勝手に飛ぶ魔剣など聞いたこともないし、そんなもので勝ったところで勝利とはとても言えないのだが……。


「いけ、デルグライファ! その男を串刺しにしてやれ!」


 気分良く叫ぶラボスの前で、デルグライファはその言葉通りに飛翔し……ラボスの胸を深く突き刺した。


「……えっ」

「ラボス様っ!?」

「ぐあっ!」


 駆け寄ろうとした騎士達が、ラボスを貫き生えた剣先から放たれる電撃に撃たれ倒れ伏す。


「……面白そうと思い付き合ってはやったが、やはりダメだな。人間如きに命令されると虫唾が走る」

「かっ、ぐ……はっ」


 ラボスの身体を侵食するように金属の皮膚が覆い、その全身を鎧のように覆いつくしていく。

 そして、その身体の全てからラボスの面影が消えたその時。ラボスだったモノは、ゆっくりと自分の身体から魔剣デルグライファを引き抜く。

 その傷跡も金属が覆い、鉄人形と化したラボスがゆっくりと魔剣デルグライファを構える。


「おめでとう、見知らぬ剣士よ。決闘とやらは貴様の勝利だ。そして始めよう……今度は、殺し合いだ」

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