ラボスと○○

 アルフレッド達が大熊の髭亭に入ってからしばらくたった頃。

 アルテーロの町で一番高級な宿屋「虹色の木こり亭」ではラボスが苛立たしげに部屋の中を歩き回っていた。

 虹色の木こり亭はラボスが全て借り切っているが、ラボスのいる二階はラボス専用で護衛すらも立ち入らせない。

 ……というのも、盗賊から華麗にビオレを取り戻したラボスにビオレが惚れて云々という予定……ラボスの中ではすでにほぼ決定事項だったのだが、とにかくそういう風な流れにラボスの中ではなる予定で、その為にわざわざこんな場所を借り切っているというのに、アルフレッドの登場で全て崩れてしまった。


「どういうことだ、ドーマ。この辺りの戦士などではどうにもならないと豪語していたのは貴様だぞ」


 そう、ラボスだけしか居ないはずのこの部屋の中には……もう一人。

 部屋の隅に幽鬼のように佇む、男の姿があった。

 人の良さそうな微笑を浮かべ、白い髭を生やしたその老齢の男は、実に特徴的な服装をしていた。

 洋服とはまるで違う作成法で作られたと思われる、ゆったりとしたような……しかし、何処となく活動的な印象をも受ける黒い服。

 簡素でありながら高級感をも漂わせるその不可思議な服がなんというのかを、ラボスは知らない。

 この老人が呪術師であることは知っていたから、それに関連した服装であるのだろうとだけ思っているし、それ以上の興味もない。

 もっとも、老人に聞けば狩衣という答えも返ってきたかもしれないが……だとしても、やはり興味はもたなかっただろう。


「ふむ、どうやら盗賊共の死体傀儡……ああ、アンデッドでしたか? それは倒された様子。 どうやらお嬢様を助けた戦士殿は相当な手練れのようですが……さて」


 言いながら、ドーマと呼ばれた老人は髭を撫でる。

 正直に言って、ドーマ自身も驚いている。

 あの森にかけた呪術はかなりの自信作だった。中で死ぬ者はそのアンデッド化を早められ、古い死骸も時間がたてば呪われアンデッドと化す。

 こんな田舎町の戦士程度ではアンデッドの仲間入りをするのは間違いないような、そんな仕掛けであったはずなのだ。

 それをこうあっさりと抜けてくるとなると……何らかの対抗策を持っているとしか考えられない。

 魔法士ならばともかく、ラボスによれば相手は戦士。

 となると、可能性としては魔剣の類。どのくらいの業物かは知らないが、研究材料として欲しい。

 そんな事を考えていると、ラボスが苛立ったような声をあげる。


「奴が手練れな事は分かっている! あの男め、よりにもよって、この僕をバカにしたんだぞ! これが許せるか!」

「おお、おお。それは許せませんな。フルシード男爵家を真に継ぐべき貴方を軽んじるなど」

「その通りだ! フルシード男爵家も僕のものになるも同然……だというのに、ビオレめ……」


 言いながら、ラボスは床を靴でガツガツと叩く。

 ちなみにだが、ラボスが男爵家を継ぐ予定などというものは当然無い。

 彼が三男である以上は上には二人の兄がいて、彼等は有能でこそないが全くの無能でもない。

 つまりそれと大して変わらぬラボスがフルシード男爵家を継ぐ可能性は無いに等しいのだが……それでも彼がそう豪語するのには、このドーマと呼ばれる老人の存在があった。

 つい最近ラボスに売り込みをかけてきた手練れの呪術師であるドーマさえいれば、兄二人を退けるなど簡単なこと……と。ラボスはそう信じていた。

 だからこそ、ラボスはいつも通りにドーマへと意見を求める。


「ドーマ、どうすればいい。ビオレはあの男ともう一人の女と一緒に罠士ギルドの運営する宿に入ってしまった。あんな所に入られては、手出しもできない!」

「おやおや。その様子だと、罠士ギルドとやらには断られたようですな?」


 そう、ラボスはあの後すぐに配下を罠士ギルドに行かせアルフレッドの暗殺を「裏」の仕事として依頼していた。

 ……だというのに、返ってきた答えは否。

 罠士ギルドの運営する宿に泊まっている事で「罠士ギルドの保証する安全」を買ったアルフレッドに手は出せないというのがその理由であった。


 そして、いくらラボスでも罠士ギルドに喧嘩を売ったらどうなるかくらい知っている。世界の裏の一部を担う彼等の手にかかれば家宝は盗み放題、暗殺だってし放題。とてもではないがフルシード男爵家の力で防ぎきれる相手ではない。

 そんな事を仕出かしたとなれば、ラボスが咎を受けるのは確実。それだけは避けたいところだった。


「……ふむ。となると、宿屋から出せばよろしいのでは?」

「それが出来ればとっくにやって……待て、そうか。ごろつきを雇って火をつけてやれば……!」

「それは悪手ですな。まあまあ、そんな事をせずとも良い方法がありますぞ?」


 今にも部下に命令しかねないラボスを止めると、ドーマは含み笑いを漏らす。


「そのお嬢様を賭けて決闘を申し込めば良いのです。出てくるならばそれで良し。出てこぬならばお嬢様を任せる資格なしと」

「そうか! 安全な宿に引きこもっているのだ、僕を恐れているのは明白……!」

「そうそう、その通りですとも」


 笑みを浮かべたまま頷くドーマに、ラボスはそのテンションを一気にあげる。

 冷静に考えればそんなはずもないと分かるはずなのだが、自分の思い込みを元に理屈を組み上げる男であるが故に、そんな事にも気づかない。


「よし、となればすぐにでも……!」

「ああ、お待ちくだされ」


 部屋を出ていこうとするラボスに、ドーマは思い出したように袖の中から一振りの長剣を取り出す。

 どうやってそんなものが入っていたかラボスは気にもせず、その豪華な装飾の剣に目を奪われる。


「なんだ、その剣は……?」

「相手がどのような卑怯な手を使ってくるか分かりませんからな。とっておきの魔剣をご用意致しました」


 透明な宝石の嵌った黄金の柄には何かの文字にも似た装飾が施され、全体的に豪奢としか言いようのないその剣にラボスは目を奪われ、やがて自分の腰の剣を外すとその剣に付け替える。

 

「ふふん、流石ドーマだ、気が利くな。で? この魔剣に銘はあるのか」

「ええ。デルグライファといいます」

「魔剣デルグライファ、か。中々勇壮な名前ではないか。僕に相応しい!」


 満足げに頷くと、ラボスは階下の騎士達に「行くぞ!」と声を荒げ階下へと向かっていく。

 その姿を見送り……宿からも出て行ったのを確認すると、ドーマは小さく呟く。


「愚かな方が都合が良かったとはいえ……程度というものは大事じゃの。全く、貴族というものはいつの世も愚かしい。しかしまあ、それ故にわしのような者が動けるのも事実ではあるか」


 そんな事より気になるのは、ドーマの作ったアンデッドを倒したという男の事。

 最初は「まさか」と思ったが、男ということは違う。

 そう、そうだ。

 この世界にはあの女は居ない。

 ドーマと呼ばれし男を邪魔できる者など……居るはずもない。


「無いが……プライドを傷つけてくれた礼はせねばの?」


 そう呟くと、ドーマはその笑みを邪悪なものへと変えた。

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