魔剣デルグライファ

「う、うわあああああ! 化け物だあああ!」

「に、逃げろおおおお!」


 ラボスとアルフレッドの決闘騒ぎを遠巻きに見ていた町人達が、我先に逃げていく。

 嫌われ者のラボスがコテンパンにやっつけられるところを期待して遠巻きにしていた彼らとて、ラボスがこのようなおかしなモノになる展開など予想もしていなければ望んでもいなかっただろう。

 ラボスの形を残した鉄人形。モンスターにしか見えないソレを目の前に混乱するのも無理はなく……大熊の髭亭の前は一気に人が居なくなっていく。

 そんな中で、唯一変わらないのがアルフレッド。デルグライファへの対処で離れていた距離から動くこともなく剣を油断なく構え、変わり果てたラボスを見据える。


「魔剣デルグライファ、だったか。おかしな気配を感じる剣だとは思ったが……化物の類だったとはな」

「化物か、言いえて妙だが……俺は元々こういうモノでな。宿主が無ければロクに動けん」


 寄生生物。そんな単語がアルフレッドの中に浮かぶ。

 宿主を乗っ取り動く、そういう類のモノであるならば……今の姿がデルグライファの本来の姿ということなのだろうか。


「残念なことに、この宿主は外れでな。俺の身体を構成するには足りん。それに比べ、お前は素晴らしい……俺はお前の身体が欲しいぞ、見知らぬ剣士よ」

「……アルフレッドだ。お前がどういうモノかは充分に理解した」

「ほう? ならば聞かせてもらおうか、アルフレッド。俺は「何」だと?」


 デルグライファの問いに、アルフレッドは剣を構え宣言する。


「お前は悪だ、デルグライファ」

「より良く生きようと願うのが悪だと? お前とて他の生物の犠牲無くしては生きられぬだろうに」


 人間とて、何の犠牲もなく生きているわけではない。

 人間が他の生物を殺し食うように、自分のソレも同じだとデルグライファは語る。

 犠牲を悪というのであれば、この世に善など存在しない。

 たとえそこに赦しや免罪があれど、罪が存在しないわけではないのだから。

 

「……なるほど、お前の論理は間違ってはいない」


 だからこそ、アルフレッドはそれを否定はしない。


「だが、大多数の人間とお前には明確な違いがある」

「聞かせてもらおうか」


 一瞬の迷いすらも見せないアルフレッドに僅かな興味を惹かれ、デルグライファはそう問い返す。


「お前には「感謝」がない」

「なに……?」

「自分を生かすものに感謝なくば、それは傲慢に繋がる。行き着く先は搾取……お前のやっていることはそれだ、デルグライファ」


 生きているのではなく、生かされている。

 アルフレッドがこの場に立つのに、無数の英雄達の犠牲があったように。

 人間が他の命を頂くように。

 全てのモノが他から何かを得て回るように。

 いつか、自分も誰かに何かを託すように。

 それこそが、生きるということ。そこに感謝があるからこそ、人は正しく在れる。

 それが出来ないというのであれば。

 自分に集う全てを当然と哂えるのであれば、それは。


「……なるほど。確かにお前の論理では我は悪であろうな、アルフレッド」


 デルグライファには、そんな感傷など無い。

 上位者であるという自覚故に、そんなものを抱くはずがない。

 支配者であるが故に、そんなものを感じるはずがない。


「だが、それはお前達の論理。我の論理とは噛み合わぬ」

「……お前の論理とは?」

「我に支配される事を感謝せよ、だ」


 その答えに、アルフレッドは無言で剣を構え直す。

 デルグライファ・ラボスも同様に剣を構え……二人は睨み合う。

 互いに理解できないことを理解した。ならば、後は。


 同時に地面を蹴りアルフレッドが下段から、デルグライファ・ラボスが上段から斬りかかる。

 全く譲らぬ斬撃は互いの剣を弾き、何度も打ち合わされる。

 ラボスより遥か上、全く別物の剣術にアルフレッドも負けはしない。

 人の膂力を超えた力で打ち合わされる剣は互いの剣を刃毀れさせることすらもなく、デルグライファ・ラボスは思わず感嘆の声をあげる。


「は、ははは! 我と打ち合って折れぬか! そのような剣が他にもあったとは知らなかったぞ!」


 アルフレッドは答えない。かつてのアルフレッド同様、この剣に名前はない。

 どのような謂れを持つのかすらも知らず、恐らくはアルフレッド同様に空っぽであっただろう剣。

 その剣を……デルグライファ・ラボスは嗤う。


「だが、だが! それ故に残念だぞアルフレッド! その剣では我には勝てぬ!」


 その言葉と同時にデルグライファ・ラボスはアルフレッドの一撃を力任せに弾いて背後へと跳ぶ。

 剣士同士の戦いで何を。そんなアルフレッドの疑問は、すぐに吹き飛ぶことになる。


「闇よ集え」


 掲げられたデルグライファ・ラボスの剣に黒い光のようなものが集う。

 夜の闇が空の隙間から喚び出されたような、そんな深い黒。

 それはデルグライファ・ラボスの剣を黒く染め、アルフレッドへとその威圧を伝えてくる。


「これは……!」

「この身体ではこの程度のものしか出来んが……お前を殺すには充分だ、アルフレッド」


 黒い輝き。違う。それは、周囲の光を吸収する闇。

 人を殺すには充分すぎるような、そんな力の塊。


「光を喰らえ……ダルクレク・レドーア!」


 黒き剣が地面に叩き付けられると同時に放たれた、闇の奔流。

 この剣では対抗できない。

 物体は切り裂けても、あの魔力の塊相手では。

 アルフレッドには、出来ない。

 アルフレッドには、出来なくても。


伝説解放オープン


 アルフレッドの中で叫ぶ力は、それが出来る!


「『神姫伝承ヴェガ』・ヴェガの剣!」

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