決戦、ドーマ

 七支刀を構え、アルフレッドと明日香は怒り狂うドーマと交差する。

 無数の符と、それを切り裂く二振りの七支刀。

 振るう剣術こそ異なれど相棒のように息の合った連携を前にドーマの符は悉くその効果を失い、しかしドーマも自分にその刃を届かせない。


「おのれ立花ァァ……斯様な世界でまで儂の邪魔を……っ!」

「しっつこいジジイね……! こっちはアンタのしなびた顔は見飽きたのよ!」


 ドーマの符が放つ雷を明日香が斬り、その隙を狙うように湧き出すアンデッドをアルフレッドが斬る。

 続けて放たれる明日香の符がドーマへと向かうが、これをドーマは全て迎撃してしまう。

 しかし、形だけ見ればアルフレッドと明日香の善戦。完全に攻撃を防ぎ大きな攻撃に移る隙を作らせない二人を前にドーマは追い詰められ……やがてついに、アルフレッドの隙をついた一撃がドーマを薙ぐ。


「ぐ、おっ!?」

「これで……!」

「ぬう……甘いわあ!」


 追撃を仕掛けようとする明日香の七支刀を弾くと、ドーマは地面を僅かに浮遊するような動きで後方へと下がる。

 基本的にドーマに接近戦は不利。けれど中距離戦であればドーマが有利。しかし、ドーマはそこから攻撃に移らない。

 浄化の力を纏い輝く二振りの七支刀を前に、ドーマは防御を固めるように周囲に無数の符を巡らせる。

 その顔には先程までの激情は無く、凪いだ海のように静かな表情を浮かべている。


「……さて。一体何処から間違えておったのか」

「……何を言って……」

「デルグライファ殿をあのクソガキ如きに渡した時か、それとも小娘を浚った時にそこの男をついでに殺しておかなかった時か……それとも、小娘を使って遊ぼうとした時か」


 確かに遊びたがるのは自分の悪い癖だとドーマは思う。世に飽いたが故に楽しみを求め、それが隙に繋がる。分かっていてもやめられない悪癖であり、この世に残した執着でもある。

 分かっているからこそ、間違えないように段取りをしてきたはずだ。

 専門外の術をも学び身に着け、改良した。立花明日香が立ち塞がった所で退けられるようにしていたはずだ。

 しかし、この状況はどうか。立花明日香と、それよりも厄介そうな男が今……ドーマの前に立ち塞がっている。

 仕掛けた策は尽く思惑を外され、全ての楽しみは泡と消えた。

 こうなったのは何故か。一体何処を間違えていたというのか。


「よく分かんないけど隙あり!」


 明日香の投げた無数の符がドーマへと襲い掛かり、しかしドーマの周りを回転しながら浮遊する符がその全てを迎撃する。


「ちっ!」

「おい、今のは流石に……」

「何よ。隙を見つけたら攻めてみるのは陰陽道の基礎でしょ?」


 言い合うアルフレッドと明日香だが、言うほどの「隙」というわけではない。

 事実、先程のドーマが何かを意識したわけではなく、自動。明日香としても効けばラッキーという程度のものであり、しかしそれを合図にしたかのようにドーマから瘴気にも似た何かがゆらりと立ち昇る。


「そう。そうであろうな。儂に付け入る隙があったのが全ての要因。ならば儂は今、慢心を捨てよう」


 そして、ドーマは結論に至る。そう、隙だ。

 全てはドーマの慢心が作る隙があったが故に付け込まれ逆転されてきた。

 ならばそれを捨てさえすれば、負ける道理はない。


「あっそう。じゃあもう現世に未練はないわよね?」


 ドーマの自戒を込めた言葉もしかし、宿敵たる明日香には届いた様子はない。

 印を結んだ明日香が力を籠めると、ドーマの足元を中心とした五芒星が浮かび上がる。


「八将轟雷陣……爆!」

「ぬ、ぐう……!?」


 明日香が唱えると同時に五芒星は眩いばかりの極太の稲妻を天へと吐き出し、ドーマの姿をその中に呑み込んでいく。

 それが消え去った後にはドーマの姿はなく……それを見て明日香はふうと息を吐く。


「これなら流石にあのクソジジイも冥界に帰ったでしょ」

「……君はかなり卑怯だな?」

「うるさいわねー。立花の家じゃ油断した奴が悪いって教わるのよ」

『うむ、その意見には儂も賛同しよう』

「え、しまっ……!」


 地面から生えた巨大な腕に明日香を掴むと、その腕は地面の中から本体を……巨大な薄気味悪いアンデッドにも似た巨人を生み出す。

 それは先程アルフレッドが破壊したそれにも似て、しかし比べ物にならないほどに大きい。


「明日香……!」

「ぐう、この……っ!」

『確かに油断した者が悪い。万事においてそう言えようの」


 何処かから聞こえてくるドーマの声。しかし、その姿は何処にもない。


「まさかさっきのが式神……? でもそんな……!」

『くくく、さてのう? さあさあ、その油断が死を招くぞ?』


 ドーマの声に合わせるかのように周囲にアンデッドの群れが現れ、離れて見ていたヒルダが「ひえっ」と声をあげる。


「くっ……伝説解放オープン。『ラグナロクサガ』・スレイプニル!」

「ブルルルル!」

「スレイプニル、ヒルダを連れてアルテーロまで行け!」


 アルフレッドが呼び出したスレイプニルに告げると、スレイプニルは一鳴きしてアンデッド達を弾き飛ばしながらヒルダを咥え、自分の背中に乗せて走っていく。


「ちょっと、私は!?」

「どうにかならないか!?」

「無茶言わないでよ! 私は陰陽師であってデカブツ相手にする職業じゃないのよ!」

『カカカ、心配はいらぬ! すぐに黄泉行きよ!』


 そんなドーマの声と同時に巨人は凄まじい勢いで明日香を地面へと投げつけ……叩き付けられた地面から、明日香はムクリと身体を起こすと周囲のアンデッドを斬りながらアルフレッドの眼前までやってくる。


「……互いの事がなんとなく分かるってのは不便ね。このクソイケメンが、私の事思いっきり放置したわね?」

「君が慌てていないのは伝わっていた。何らかの奥の手があるだろうと思っていた」


 互いに言い合うと、二人は背中合わせに七支刀を構え直す。


「そうよ、私のとっておき金剛符。でもそんな数がないんだから、次はちゃんと助けなさいよね」

「ああ、任せろ」

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