城壁門の町からの出発
城壁山脈へと繋がる門は、大きく開け放たれていた。
連絡に来た町の警備兵曰く門は夜以外で閉められている事は通常無く、正気に戻った警備兵達は門が締まっている事に驚いたという。
恐らくは町の住人達を洗脳した何者かが閉めさせたのだろうが……単純ながらも効果の高い罠であっただろう。
そして、その開け放たれた門の両側には今……町の住人達が、ずらりと並んでいた。
何かを期待するようなその様子に、ヒルダは見るなりアルフレッドの背中に隠れてしまう。
一方のアルフレッドやシェーラは堂々とした態度だが……これは他人の期待の視線が全く気にならないからだろう。
かくして町人達はアルフレッド達の姿を見つけるなり、一斉に歓声をあげる。
「英雄様、ばんざーい!」
「ドラゴン退治、頑張ってください!」
「アルフレッド様ー!」
何処から名前が漏れたのか。いや、恐らくは町長なんだろうな……などとヒルダは思う。
元々、竜殺しの英雄アダートの伝説で観光地をやっているのだ。
そんな古臭い伝説よりも、新しい伝説が生まれるのであればその方が良いに決まっている。
実際救われた事で、その期待が高まっているのだろう……町人達の熱気は凄まじい。
あるいは、アルフレッドが美形であることも手伝っているのかもしれない。
戦士ギルドに集う「強い男」は大体が強面だから、ヒルダとしても分からないではない。
「アルフレッド様、仲間の皆様……ご無事をお祈りしております!」
「ああ」
門の前に立つ警備兵にそう言われて、アルフレッドは短く頷く。
このプレッシャーじみた声援の中でも動揺する様子すら見せないのは流石といったところだが、そんな所がストイックに見えるらしく黄色い声援も混じり始めている。
そんな中、門を潜れば……そこには城壁山脈の入り口となる登山道がある。
観光用に整備されているものではあるが、その道を有難く進んでいく。
そうしていけば段々と声援は遠ざかり、そこでようやくヒルダは息を吐く。
「はあー……凄い事になったわね。まあ、いつかこうなるとは思ってたけど」
「期待の表れだろう。俺達はそれに答えねばならん」
「ええ、その通りですね! 今回の事件……私達がやらねばなりません!」
やる気満々のアルフレッドとシェーラに胡乱な視線を向けると、ヒルダは再度の溜息をつく。
「そうは言うけどさ。分かってる? 町1個を手下にするような奴が相手なのよ?」
ラグレットに着く前に見た、無人の村の光景。
アレも今なら、ヒルダにもその意味が理解できてくる。
恐らくはあの村の住人も洗脳されたか、あるいは洗脳した何者かによって連れ去られたのだろう。
その先に何が待っていたのかは分からないが……ロクな結末は待っていないだろう。
そういう事を広い規模で出来る相手が敵なのだ。
「そうだな。だが、どの道やらねばならない。俺達がどうにか出来るうちに、な」
そう、今は町1つの規模で済んでいる。
だがもし、この事件を放置していて……洗脳の規模が更に進んだら。
町1つが国1つにまで拡大したら。そうならないなど、誰にも言うことは出来ない。
そしてそうなった時こそ、アルフレッドでもどうにもならない時なのかもしれない。
「そうね。その通りだわ」
そして、その戦いでヒルダとシェーラは確実に足手纏いだ。
殺してもいい戦いであれば、ヒルダにも魔導銃という武器がある。
だが洗脳され手下になっている相手が敵であれば、魔導銃は使うのを躊躇う武器へと早変わりする。
……だが、そうも言ってはいられない。
あの町の戦いでも、アルフレッドはヒルダ達を庇う為に空飛ぶ船を呼び出した。
町1つを洗脳して罠にするような相手が、ヒルダ達という弱点を見逃すはずがない。
「だからシェーラ。あたし達も覚悟しとくべきよ。洗脳されただけの奴を殺す覚悟ってやつをね」
「うっ……」
必要なのはそれだ。
分かっていないのはアルフレッドではなく、ヒルダとシェーラ。
アルフレッドは、その気になればどうにでも出来る力を持っている。
ヒルダとシェーラが、その枷となっているのだ。
「相手がドラゴンかもしれないし洗脳なんて力を使えるなら、アルフレッドの側を離れるわけにもいかない。あたし達がアルフレッドの足を引っ張るわけにはいかないのよ」
万が一にでもヒルダやシェーラが洗脳されてアルフレッドの敵に回ったら。
その事を考えると、ヒルダはゾッとする。
アルフレッドならば最終的には救ってくれるのかもしれないが、それによって本来はどうにか出来るはずのアルフレッドがどうにもできない状況に追い込まれたら。
「……私にだって、攻性結界の魔法くらいあります。足手纏いになるつもりはありません……!」
「あたしだって同じよ」
どう足掻いても、ヒルダやシェーラがアルフレッドを超えるような力を得られるわけではない。
異界より現れた英雄とヒルダ達との間には、それだけの力の差がある。
だが、それでもせめて……少しでも助けになれるような何かを。
アルフレッドの側に居ようと思うのであれば、常にそれを考えていなければならないと。
ヒルダは、そう思うのだ。
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