城壁門の町ラグレット9
アルフレッド達はズタボロになった輝く竜眼亭ではなく、虹色の竜髭亭という別の宿へと部屋を取る事になった。
一晩の宿ではあるが、しっかり休みをとりたいという事で町長推薦の「一番ベッドに金をかけている」宿である。
事実、ベッドはフカフカでこれ以上ないくらいにゆっくりと眠れそうな部屋なのだ。
もう襲撃の恐れもないという事で風呂にゆっくりと浸かり、食事をとって寝るだけ。
アルフレッドも珍しくしっかりと鎧を外し、ベッドに早々に潜り込んだ。
彼が戦闘状態を解くことは非常に珍しく、それでも剣を離さないのはもはや職業病とも言えるが……この辺りはもう仕方がない。
だが問題は、むしろここからだった。
「うわ、あんたベッドの中にまで剣持ち込んでんの? せめてベッドの横にしなさいよ。刺さったらどうすんの」
「おい……」
いきなり布団を剥いだかと思うとヒルダは剣をベッドの横に置き、もぞもぞと奥へと潜り込む。
そのまま布団を被って寝ようとするヒルダだが、それをスルーする程アルフレッドも寛容ではない。
「君のベッドは向こうだろう」
「いいじゃないの。男が細かい事気にするんじゃないわよ」
「……まあ、ならば俺が移動しよう」
「駄目よ」
ぐいと引っ張られて止められたアルフレッドは不可解そうな視線をヒルダへと向けるが、すぐに理解の色をその瞳に映す。
洗脳されていたとはいえ、町の人間による襲撃が行われたのは昨日のことだ。過敏になっても不安になっても仕方がない。
強気なヒルダとはいえ、一人の少女に過ぎない。その事を思い出し。アルフレッドは仕方ないと心の中だけで溜息をつき……自分をじっと見るもう一つの視線に気付く。
それは先程からベッドに入りつつも寝付けずにいたシェーラであり……シェーラは枕を抱えると、アルフレッドの元へとトテトテと歩いてくる。
「あ、あのアルフレッドさん……」
「……構わない」
早々に寝息をたててしまったヒルダを少しだけ隅に押して反対側のスペースを開けると、アルフレッドはそう頷く。
かなりベッドが狭くなってしまうが、そこはもう仕方がない。
「す、すみません……」
「構わないと言っただろう。昨日の今日だ」
その言葉だけで自分の不安を悟ってくれている事が分かったのだろう。
シェーラは嬉しそうにベッドに潜り込んでくる。
ヒルダといいシェーラといい、同室のみならず同衾というのはかなりの進んだ関係にも思えてしまうが……数日でも共に過ごせばアルフレッドが男にありがちな邪念とは無縁の人間であることは充分に分かってしまう。
聖人もかくやというその清廉っぷりは多少心配になるレベルではあるが、こういう時には非常に安心になる存在なのは間違いない。
「……ありがとう、ございます」
シェーラもアルフレッドの優しさを純粋に受け取り、自分を守ってくれている逞しい身体に身を寄せる。
それは女が男に、というよりは子供が父親に向ける信頼にも似ていたが……とにかく、安心できるぬくもりにシェーラもまたすぐに寝入ってしまう。
「……」
二人が完全に寝てしまった事を確認すると、アルフレッドは静かに天井を見上げる。
考えるべき事は、本来はたくさんある。
洗脳されていた町人達がつけていた、竜紋のペンダント。恐らくは探せばあの銅鏡の類も見つかるだろう。
そんなものを成し遂げた、恐らくは組織の存在。
そして……洗脳されていた町人が言っていた「超竜王」なる単語。
念のためヒルダとシェーラに確認しても「そんなものは知らない」という答えが返ってきた以上、その超竜王なるものはこの世界に土着の神か何かではないということだ。
勿論、この世界で新たに生まれた信仰の可能性は否定できない。
空也もその可能性を示唆してはいた。だが、同時にもう一つの可能性をも示唆していた。
それはつまり「そういう宗教的な活動を行っていた、何かしらの世界からの敵」だ。
そしてその場合、超竜王などというものを崇める者が「普通の人間」である可能性は低い。
デルグライファのように個人としての戦闘力が高い……あるいはドーマのように搦め手が得意な可能性も、この町での行動から充分考えられる。
流石に今日すぐに町全体にかけた洗脳が解けているなどと気付くことはないだろう。
仮に気付いて襲撃をかけてきたとして、アルフレッドであれば充分に気付く。
「……んうー……」
「むぅむ……」
両側から聞こえてきた寝言に、アルフレッドは苦笑する。
この世界を救う為に降り立ってより、すでに結構な日数が過ぎている。
自分に出来ることはしているつもりだが……こんな状況になっていると知れば、女神ノーザンクはなんと言うだろうか?
笑うだろうか、それとも呆れるだろうか。
他の英雄達……空也であれば喜びの余り何かを仕出かしていそうだが、アルフレッドはそんな気は起こさない。
それがアルフレッドの未完成であるが故なのか、それともアルフレッドの誠実さ故か……あるいは、その両方かもしれない。
ともかく、アルフレッドが彼女達に抱いたのは純粋な保護欲で。それ故に……もしこの場に明日香が居たとしたら、きっと笑うだろう。
苦労するわねー……と。
まあ、この場に明日香は居ないので、そんな事を言う者も居ない。
アルフレッドもしばらくして目を閉じて。久方ぶりの静かな夜は……ゆっくりと、過ぎて行った。
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