黒い筒と占術師の少女

 火を噴く黒い筒。その情報を手に入れたヒルダはアルフレッドと伴い罠士ギルドを出る。

 結局のところ罠士ギルドとしても困っているらしいが、彼等の戦闘部隊とはつまり暗殺者だ。

 潜り込めなければどうしようもないし、そもそも海賊連中はバッサーレに来ない。接触のしようがないのだ。


「黒い筒ねえ……」

「大砲だな」

「タイホウかあ……っておい、ちょっと」


 頷いた直後真顔になったヒルダは辺りを慌てたように見回し、誰も居ない事を確認してからアルフレッドを睨みつける。


「詳しく説明しなくていいから、イエスかノーで答えなさい。「知って」るの?」

「実物は見たことはないが、知識だけなら持っている」


 それもアルフレッドの中に与えられた知識なのだろう。それがどういうものはか、知っていた。

 だがヒルダにしてみれば冗談ではなかった。

 情報屋の側面も持つ罠士ギルドですら知らない「黒い筒」の正体。そんなものを知っているとなれば、件の海賊の仲間と言われても反論できない。

 だから、そんなものは口にしてはいけない。


「……そう。それ以上言ったらダメよ。アンタにどうにか出来るのかだけ教えて」

「恐らくやれるだろう。騒ぎになる事は避けられんとは思うが」

「……何隠し持って……あ、いや、いいわ。聞きたくない」


 たぶんスレイプニルよりとんでもない何かだろうとヒルダは予測する。

 本当にドラゴンを出してきても驚かない……かもしれない。自信はない。


「でも、そうか。どうにか出来るのね。なら……」

「なら、どうするのですか?」

「ひゃっ!?」


 暗い物陰から姿を現したローブの少女に、ヒルダは思わず飛び上がりアルフレッドに抱き着く。

 

「あら、やはり仲がよろしいのですね?」


 言われてヒルダはアルフレッドから飛び退き、猫のようにローブの少女を威嚇する。


「アンタ、さっきの押し売り女! こんなとこで何してんのよ!」

「そういうのは買ってから仰ってください。私の言葉はタダじゃありません」


 ふいっと視線を逸らすローブの少女にヒルダは思わず「このやろう……」と唸るが、そんなヒルダの頭に手を置きアルフレッドがローブの少女へと問いかける。


「で、君は実際何をしていた? 俺達が来る前から其処に居たようだが」

「え、そうなの!?」

「ああ。ヒルダ、君は気付かなかったか?」

「え、全然……」


 気配を読むのには自信があったヒルダは思わずショックを受けるが、ローブの少女はニコニコと微笑みながらアルフレッドへと近づいていく。


「簡単なお話です。少々占いまして、先回りさせていただきました」

「先回り、か。つまり目的は俺達か」

「いいえ、貴方です。不思議な騎士様」


 少女はそう答えると、アルフレッドを見上げる。


「先程も言いましたが、貴方は不思議です。人が背負う星はそれぞれですが、貴方の背負う星……いいえ、星々は負けず劣らずの強さで輝き、まるで天そのもののよう。眩いばかりの無数の星々が貴方を導き、誰にも読めぬ光の混沌と化しています。数奇などという言葉では収まらぬ、眩き混沌。一体貴方は何者ですか?」

「……それは」


 少女の言う事が、アルフレッドには理解できる。アルフレッドが女神ノーザンクに与えられたのは無数の英雄達の力。少女がその事を言っているのは、恐らくその事だ。

 だが、それを目の前の少女に言うわけにもいかない。

 しかし、適当な嘘で誤魔化す事をアルフレッドの信念は良しとしなかった。

 だからこそ、アルフレッドはこう答える。


「俺は一つの使命を持っている。君が見ているのは恐らくそれに関連したものだろうとは思う」

「その、使命とは?」

「この世界を救う事だ」


 照れでも誤魔化しでもなく本気の顔で言うアルフレッドにヒルダは「うえっ」と唸り、少女は目を見開く。


「世界を、ですか」

「ああ」

「……その為に、あらゆるものが立ち塞がるとしても?」

「ああ」

「それが、心許し未来を語り合った友だとしても?」

「そうだ」


 アルフレッドの答えに少女は目を瞑り……少しの沈黙の後に「そうですか」と呟く。


「では……貴方の隣に立つ、その方だとしても。貴方はその剣で殺せますか?」


 言われて、初めてアルフレッドはその瞳を僅かな動揺で揺らす。

 ヒルダが立ち塞がる。

 それを、アルフレッドはつい数日前に体験したばかりだ。

 もしあの時のように操られるのではなく、自分の意思でヒルダがもう一度自分の前に立ち塞がったなら。

 その時の事を想像して、アルフレッドはじっとヒルダを見つめる。


「……俺は」

「ちょっと」


 だがアルフレッドがその言葉を紡ぐ前に、苛立たしげなヒルダの声がそれを遮る。


「趣味悪いんじゃないの? それとも、そうやって不安を煽って何か買わせようっての?」


 そう言い放つと、ヒルダはアルフレッドの胸元を叩く。


「アンタも動揺してんじゃないわよ。この連中はこういうのがテなんだから」

「……ああ」


 頷くアルフレッドから視線を外すと、ヒルダは少女に向き直る。


「あたしが代わりに答えてあげるわ。この正義バカはね、きっと悩んで戦って……そんでもって全部救うのよ」

「そんなことが、出来ますか?」

「それが世界を救うってことなんじゃないの? 知らないけど」


 ヒルダの答えに、少女は考えるような素振りを見せた後に「そうですね」と頷く。


「確かに、そうかもしれません。けれど、そうではないかもしれません」

「何よ、それ」

「私にも分かりません」

「はあ!?」


 憤るヒルダに少女は微笑み、手の中の水晶玉に視線を落とす。


「私は占いには自信がありますが、それでも分からない事はあります」


 言いながら少女が水晶玉を軽く上に放ると……それはスイッと空中を滑るように動き少女の近くに浮かぶ。


「だからこそ、知りたいのです……「世界を救う」とは何なのかを。私はセレナ。恐らくはこれから世界を救う戦いに挑まれる騎士様、貴方の名前をお伺いできますか?」

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