城壁門の町ラグレット5

 登山門の近くにある宿屋、輝く竜眼亭。

 竜殺しの英雄アダートの伝説にあやかったのだろう名前はこの町では珍しくも無いが……そんな宿に、アルフレッド達は一部屋をとっていた。

 

「……ったく、今日はゆっくり風呂入れると思ったあたしが馬鹿みたいだわ」

「私が清浄の魔法を使えば汚れは取れますけど……お風呂の気持ちよさは別ですしね」


 ヒルダの呟きに、シェーラも同意する。

 襲われるときの危険性を減らす為にアルフレッドも同室……まではいい。

 一緒に旅をしていればそんなものは今更だ。今更だが……流石に風呂となると話は異なる。

 風呂屋に行ってアルフレッドも一緒の風呂に入れてくれなどと言うわけにはいかないし、そこまで女を捨ててはいない。

 それに何よりも、風呂屋のような武装も何もかも置いていくような場所になど今の状況で行く気にはなれない。


「……何より誤算なのは、この男が完全に戦闘モードになってることよ」


 ヒルダの視線の先には、警戒するように部屋の中に座るアルフレッドの姿。

 鎧も着込んだままの完全装備で、ドアから何が飛び込んできてもいいように手には剣を握ったままだ。

 今後の事を考えれば、この町でしっかり寝てもらって今後の戦いに備えたかったのだが……こうなってしまっては寝ろと言ったところで聞く耳を持たないだろう事は明らかだ。

 さらに悪いのは、その方がヒルダ達としては安心して熟睡できるという点にある。


「ねえ、アルフレッド。やっぱり誰か呼んだ方がいいんじゃないの? 幾らアンタでも寝ずに山に行くのはキツいわよ」

「……ふむ」


 ヒルダのそんな意見に、アルフレッドは真剣にそれを考える。

 一晩寝なかったところでアルフレッドに影響は無いが……山で何日過ごすか分からない以上、ヒルダの言う事に一理あるのは確かだ。

 ……だが、だからといって野営の時のように交代での見張りというのには問題がある。

 相手が隠密行動の得意な罠士ギルドを潰したというのであれば、アルフレッドが寝ている間に先手を取られる可能性は充分にある。

 となると、アルフレッドが寝ていても先手を取られずにいるような、そういう者を召喚する必要がある。


「分かった。では見張りが得意なものを呼ぶとしよう」

「オーケイ。シェーラ、アンタ大声が口から出ないように予め手で押さえときなさいよ」

「何言ってるんですか。この前の人みたいなのを呼ぶ技でしょう? 今更驚きませんよ」

「……それもそうね」


 今更か、とヒルダが溜息をついている間にも、アルフレッドは呼び出す相手を選定し終える。


伝説再現ロード。『天牙忍伝クウヤ』・天我空也!」


 やべ、という言葉と共にヒルダが部屋のカーテンを閉め……次の瞬間、部屋の中が青い光で満たされる。

 その光が収まった後……部屋の中には、4人目の人物が現れていた。


 黒い詰襟の、金ボタンが定間隔で並ぶカッチリとした上下の服。

 だらしなく開けられたその上着の下には、白いシャツを着込んでいる。

 黒髪黒目の……およそ10代に見える、その姿。およそ16才から18才の間といったところだろうか?

 手に握った特徴的なデザインの剣は、鞘に仕舞われ刀身が見えない為ヒルダにもシェーラにもそれが如何なるものか判断のしようもない。


「……なるほどなあ、こういう感覚なのか。すっげえ不思議だな……俺なのに俺じゃないって分かるってのも」


 その少年は自分の手や体をペタペタと触り始めたと思うと、ヒルダやシェーラに向けて笑顔で手を振り始める。


「あ、やっほー。美人なそこのお二人さん。こういう状況じゃなきゃお茶に誘ったのになあ、ったくよう。つーかお前、この二人といて何も感じないってのもどうなん?」

「仲間意識なら充分に感じている」

「そうじゃねえっての……」


 何やら軽いタイプの少年といった印象の空也に、ヒルダは思わず口元がヒクつくのを感じる。

 今まで呼ばれてきた「英雄」達に比べると軽すぎて、頼りになる印象がない。

 

「おっと。自己紹介しとくな。俺は空也! 天我空也だ。気軽に空也って呼んでくれ」

「あー……うん。それでクウヤ、だっけ? この状況でアルフレッドが呼んだってことは……見張りに適した力持ってるって解釈でいいのよね?」


 そうヒルダが聞いた、その瞬間。アルフレッドの隣に居たはずの空也の姿がゆらりと歪んで消える。


「んなっ……」

「勿論だ。俺は天牙流忍術ってやつの後継者でね。まあ、忍者ってのは隠密行動が得意なんだが……こういう技も使える。正直、忍び忍ばれな戦いでは負ける気もしないね」


 聞こえてきた声は、ベッドに腰掛けるヒルダやシェーラの背後。

 2人の目や耳が逃すはずもない、そんな場所から聞こえてきたのだ。

 ヒルダとシェーラが慌てて振り返れば、すでに空也の姿はそこになく。

 天井近くをクルリと回りながら再びアルフレッドの近くへと音もなく着地する。


「まあ、事情は知ってる。この、真面目しか取り柄無さそうな奴はしっかり休ませとく。君達は心配せず寝てていいぜ……まあ、いつでも出られるようにだけはしといたほうがいいと思うけどな」


 そんな空也の言葉に、ヒルダ達は「げっ」とでも言いたげな顔をするが……アルフレッドは真面目なままだ。


「……やはり、来るか?」

「ああ、来るな。ビンビンに嫌な気配を感じる。一応町の人間ってことだから殺さない方向でいくけどよ。そういうのお前、出来るよな?」

「問題ない」


 頷き合う二人は、拳を合わせる。


「でもまあ、お前は寝とけよ。その時になったら起こしてやる」


 そんな空也の言葉を受けて……仕方ないという様子ではあるが、アルフレッドは鎧を着たまま壁に背中を預け眠り始めた。

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