魔境海域7

 そして進めば進むほど触手の攻撃は密に……しかし互いに干渉し合い大雑把な攻撃はその数を減らしていく。

 だがそれは、巨大な触手の危険性を減少させるようなものではない。

 何度目かの魚雷が触手を退け、僅かな硬直の隙を狙い下へ、下へと潜っていく。 


―対海獣用ハウゼン式魚雷、残数希少。携行式ハープーンガン装備。突破力が下がります、ご注意を―


 人型……アタックロイドというらしい姿に変形しているヴァルツオーネの手に大型の銃が装備される。

 放たれた小型の銛のようなものは触手に突き刺さるが、確かに魚雷のような派手なダメージはない。

 だがそれでも効いてはいるのか、着弾の瞬間に僅かに触手の動きは鈍る。


「ねえ、まだ!? まだなの!?」

―現在、深度……不明。計器類は全て異常値を示しています。ですがソナーは対象の存在を示しています。もう少しです―


 潜る、潜る。美しい深海の光景など、此処には存在しない。

 閉ざされた異界の海は暗く、ただ暗い。

 光を呑み、闇すら喰らい。ただ狂うような暗さだけが其処に在る。

 荒れ狂う触手は常識に帰る暇すら与えず、通常であればヒルダのように取り乱しているか……狂っているかのどちらかだろう。

 ヒルダがそうなっていないのは、異常なまでの落ち着きを見せる二人の英雄と、一人の「宿敵」の放つ空気のおかげだろうか。

 ……いや実際、その狂気すらも日常の一部でしかないと、そう主張するかのように落ち着きを見せる三人の姿が、ヒルダにも僅かな心の余裕を与えているのだ。

 そしてアルフレッドと陽子の二人もまた、ヒルダという庇護対象がいることから英雄としての守護欲とでも呼ぶべきものを高めていた。

 それは二人の魔力の高まりに繋がり……故に、陽子はその庇護対象……ヒルダを担当するセレナへと視線を向けた。


「……ねえ」

「何か?」

「今のうちに聞いておきたいんだけど、なんで貴方は「元の世界」で地球を襲ってたの?」


 アルフレッド同様にセレナと自分達との差異を感じ取っていた陽子は、様々な部分をぼかしながらそう問いかける。

 陽子とセレナの「地球」は違う「地球」ではあるが、そこにも陽子は触れはしない。

 そんなものを今突き詰めたところで意味はないと知っているからだ。

 そして、問うべきもそこではない。


「なんで、ときましたか」

「正直に言って、なんで貴方がこっちの味方をしてるのか分かんないのよ」

「敵の敵は味方、という言葉があるのでは?」

「その味方はすぐ裏返る「味方」でしょ?」


 陽子が懸念しているのは、セレナの裏切りだ。

 セレナが陽子達と同じ「英雄」であるというのなら、ほとんど問題はない。

 一部破天荒な英雄もいるにはいるが、基本的には正義側であるからだ。

 だが、セレナは違う。セレナは「敵」として定められた側だ。

 つまり、何をしてくるか分からない。味方になったように見えてもサンバカーズのように即座に裏切りかねないし、そうなった場合の被害はサンバカーズの比ではない。

 だからこそ、陽子はセレナという人物を見極めようとしているのだ。


「つまらない話ですよ。ゼロノス帝国本星、ゼロノスは環境変化により滅びかけていました。救う為に、移住先が必要だったのです」

「……話し合いがあったでしょ」

「調査の結果、地球の原住民を一度制圧した方が事後のリスクが少ないと判明しました。私達が必要としていたのは「避難先」ではなく「移住先」です。現地の意識レベルは非常に低く、武力交渉が推奨されると判断されたのです」


 避難と移住。その差は明確だ。つまり「逃げてきた」のか「やってきた」のかという差だ。

 慈悲を乞うのではなく、実力をもって手に入れる。

 相手の「下」に入るのではなく、隣人となるのでもなく、「上」になる。

 そう、隣人……あるいは同居人となることは不可能と判断したのだとセレナは語る。


「当然、あらゆる可能性は模索されました。その上でゼロノス帝国の国民を守る為には侵略が最適だったのです。今でもその判断が間違っていたとは私は考えていません。天魔星の語る手前勝手な正義に私の正義が劣っていたとも思いません」

「……」

「ですがこの世界にゼロノス帝国は無く、戻る術もありません。ならば、私の力はこの世界の正義の為に振るうが道理というものでしょう」


 ここまで聞けば、陽子にも……アルフレッドにも理解できる。つまりセレナの居た世界……OVA『魔星伝レヴィウス』は、そういうものであったのだと。

 正義と悪ではなく、正義と正義。二つの異なる正義のぶつかり合う物語だったのだと。


「……そう、なら私も貴方を信じるわ」

「そうですか」

「ヒルダをお願いね」

「言われるまでもありません」

「あんた等、あたしのなんなのよ……」


 ヒルダのそんなツッコミに答える者はない。

 この場にいるのは根が真面目な三人であり、冗談の類をあまり解さないからだ。

 唯一それを理解できる感性を持っているのは残念なことにヴァルツオーネだったりするのだが、そちらは今は戦闘に全機能を集中させている。


―報告。船外から異常なエネルギー波を感知。これ以上の接近は乗員の保護機能に甚大な被害が出る恐れがあります―

「出番、か」

「そういうことですね」

―残った対海獣用ハウゼン式魚雷を全て発射します。ご武運を―


「ああ。では……始めよう」

「ええ。やり方については?」

「問題ない。「分かって」いる」


 アルフレッドに陽子が抱き着き、セレナにヒルダが慌てたように抱き着く。

 そして……アルフレッドは星斬剣を、セレナは水晶を……「天水球」と呼ばれているソレを、高く掲げる。

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