見習い魔法使いノエル

 光と共に、一人の少女が現れる。

 ショートヘアに切り揃えた明るい茶色の髪、同じ色のくりっとした丸い目。

 赤と白を基調としたふんわりとした服は可愛らしく、青く大きな宝石のついた丸みを帯びた杖をその手に持っている。

 服装に意外にも合っているブーツは何処となく行動的な印象をも与えるが、全体的には「可愛らしい」という言葉で収まる……およそ14か15歳頃に見える少女だった。


「あら……」

「あちゃー……」


 驚いたように頬に手を当てるセレナと、「やっちまったよ」という顔のヒルダ。

 そんな二人とアルフレッドの顔を慌しく見比べた後、その少女……ノエルは困ったような笑顔をアルフレッドへと向ける。


「え、えーと……ボクを呼んだ理由は大体分かってるけど、さ。なんていうか……もうちょっとタイミングがあったんじゃないかな」

「何故だ。隠す理由はないだろう」

「いや、えーと……うーん」

「間違っていないし、俺は君を呼ぶ事が隠さなければならないような「恥ずべき事」とは考えていない」

「あー、うん。あのね?」


 ノエルは助けを呼ぶようにヒルダに視線を送るが、ヒルダは深い溜息をついて首を横に振るだけだ。

 その動きで大体察してしまったのだろう、ノエルは肩を落とすと「苦労してるね……」と呟く。


「そうでもない」

「キミには言ってないよ……」

「そうか」


 呟いた後、気を取り直すようにノエルはヴァルツオーネ号を見る。


「魔導船かあ……たぶんいけると思うけど」

「君に任せたい。なんとかしてくれるか?」

「うーん……そりゃ、その為に呼ばれたんだからやってみるけど……うわっ!?」


 いつの間にか自分をじっと見ているセレナに気付き、ノエルは驚いたような声をあげる。

 ジリジリと後退るノエルにセレナはジリジリと近づき、興味深そうにその顔を覗く。


「な、なに?」

「興味深い方ですね……強い輝きの星を背負っているようにも、その星そのものであるようにも見えます。今そこに現れた理屈も気になります。一体どのような……」

「待て、セレナ」


 距離を詰めようとするセレナの肩にアルフレッドの手が置かれ、ぐいと振り向かされる。


「彼女は、俺の力で呼んだ助っ人だ。そういうものであると理解してくれればそれでいい」

「分かりました」


 アルフレッドにあっさりとそう答えると、セレナはノエルに向けて微笑む。


「私はセレナと申します。よろしくお願いしますね」

「え、あ、うん。ボクはノエル。よろしくね」


 言いながらノエルはセレナを大きく避けるようにしてアルフレッドの背後に回り……ぼそりと呟く。


「……彼女でも良かったんじゃない?」

「……なに?」

「隠してるみたいだけど、凄い魔力持ってるよ? わざわざボク呼ぶ必要なかった気がするな……」


 言われてアルフレッドもセレナを見てみるが、そんな凄い魔力があるようには見えない。

 あるいは、今のアルフレッドの魔力を感じる能力がノエル程に鍛えられてはいないせいかもしれないが……とにかく、アルフレッドにはセレナは普通にしか見えない。


「ふむ……」

「どうかされました?」

「ん? ああ……」


 どう説明したものかとアルフレッドは悩むが、すぐにノエルが「な、なんでもないよ!」と誤魔化す。


「それより出発するんでしょ? いくら魔力で操縦するっていっても、夜の海は危ないよ」

「そうだな」


 頷くとアルフレッドはノエルを抱え、船の甲板へと飛び移る。

 そこでノエルを降ろすとアルフレッドは再び跳んできて、今度はセレナを抱えて同じことを繰り返す。

 そして、三度目。近づくアルフレッドに、ヒルダは顔を僅かに赤くしながら後退る。


「ちょ、ちょっと! あたしで自分で跳べるから!」

「そうか。だが俺がやったほうが早いだろう」


 強制的にヒルダをお姫様抱っこのポーズで抱えると、アルフレッドは助走し一気に船へと飛び移る。

 幸いにもその姿は誰にも見られてはいないが、花咲く乙女と言われるような年で絵物語のような……顔だけは無駄に良すぎるアルフレッドにお姫様抱っこされるのは実に心臓に悪い。


「よし、では出発するとしよう」


 船の後部にある甲板は元々そういう乗り込みの為のものであったらしく、船室の中へ入るドアを開けアルフレッドが促せば、まずは興味津々の顔でセレナが入っていき……やがて気の毒そうに笑いながらノエルが船室へと入っていく。


「ヒルダ、君も……」

「……あのね、アルフレッド」

「なんだ?」


 ゆらりと立ち上がり向かってくるヒルダにアルフレッドが向き直ると、その両肩をヒルダはがっしと掴む。


「……あんまし乙女の純情弄ぶと、終いにゃ責任とらすわよ?」

「よく分からんが、俺は自分の行動には責任を持っている」


 澄んだ目でそう言い切るアルフレッドにヒルダは本日最大級の溜息をつくと、がっくりと項垂れる。


「そうよねー……アンタはそういう奴だわ」

「何の話だ?」

「べっつにー。将来刺されそうねって話」

「何故だ」

「自分で考えなさいよバーカ」


 そうして入った船室の中は想像よりは広く、どうやら仮眠の為のスペースのようなものまであるようだ。

 その最正面にある舵にノエルが手を触れると、そこから魔力の光が広がりキイイン……という甲高い音が鳴り始める。


「よっし……思ったより簡単だね。これならいけそう!」

「そうか。では頼む。件の海賊は沖の方に居るらしい」

「おっけー! それじゃあ……ヴァルツオーネ号、発進!」


 そんなノエルの号令と共に、ヴァルツオーネ号は帆船では考えられない程のスピードで沖へと進み始めた。

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