敵の正体は?

「あー、もう。またこのパターンか」


 発進の衝撃で船内を転がって壁にぶつかったヒルダは、不貞腐れたような声をあげる。

 奇妙な形をした船だという時点でスレイプニルのような「普通とは違うもの」ということくらいは予想出来ていたが、まさかまたスピード系の乗り物とは思っていなかったのだ。

 まあ、スレイプニルのような常識外れの速度を出すわけではなさそうだが……出航と同時に凄まじい速度を出す船だと聞いたこともない。


「平気か? ヒルダ」

「ていうか、あんたはなんで平気なのよ……」


 ちゃっかりと座席を見つけて座っているセレナや船長席のノエルはともかく、ヒルダと同じように立っているアルフレッドが微動だにしていないのはどうにも納得がいかないヒルダだが、すぐに気を取り直してアルフレッドが手を差し出そうと近寄ってくる前に立ち上がる。


「……意外に最初以外は衝撃があるってわけでもないのね」

「あはは……ちょっと操縦するの初めてだから気合入れすぎちゃったしね。最初より速度は落ちてるけど、それでも馬より速い程度の速度は出てるよ?」


 少しだけばつが悪そうに言うノエルにヒルダは「ふーん」と適当に返事をして周囲を見回す。

 どういう理屈で動く船なのかはヒルダにはサッパリ分からないが、動くならまあ問題ないだろう。

 魔道具やアーティファクトの類は「そういうもの」と割り切った方が精神にはいい。


「まあ、それなら意外と早く目的地には着きそうね」


 海図があるわけではないが、どうにも沖に出る船のほぼ全てが帰ってこない事は聞いている。

 となると、沖に出さえすれば向こうから襲ってくるような凶悪さのある敵ということになるが……。


「……ねえアルフレッド。アンタ、どんな策を考えて……」

「待て、あれは……!」


 ヒルダが言いかけた直後、アルフレッド達の眼前に「その光景」が見えてくる。

 

「ノエル!」

「うん、緊急停止!」


 ヴァルツオーネ号をノエルが停止させ、目の前に広がる「その光景」を全員が目にする。

 そう、それはさながら船の墓場といったような光景。

 ボロボロの残骸になって沈んだ無数の船と、海底の船の残骸達に引っかかって半端に沈んだ別の船。

 そうしたものが折り重なる地獄のような中に……人の姿は、ない。

 船の中に取り残されているのか、あるいは流されたのか。どちらにせよ生きてはいないだろう。


「これって……まさかコレが海賊の被害にあった船?」

「……それだけじゃないみたいね、ほら。あっちの船、海賊旗がついてるわ」


 その船の残骸には、ヒルダの指摘通りに髑髏の旗が翻っている。元々は巨大な船であったようだが……こうなってしまうと、もはや見る影もない。

 

「海賊も襲われていた……ということか?」

「そうなるんじゃないかしら。ああ、ますます海竜の可能性出てきたじゃない……」


 憂鬱そうなヒルダにノエルが苦笑するが、アルフレッドは目の前に広がる光景をじっと見つめ……「調べてみるか」と呟く。


「え、調べって……どうやって?」

「あれだけ足場があるなら楽だろう」

「いやいやいや。ちょっと待ちなさいよ。アンタの無茶には少し慣れたけど流石にそれはないわ」

「そうですよ、アルフレッド様。ああいうものは安定しているように見えて、意外に脆いものです」

「そうだよー。大体調べてる途中に何か来たらどうするの?」


 三人に止められれば、流石のアルフレッドも意見を翻さざるをえない。

「そうか……」と呟いて船の残骸へと視線を戻し、そこで何かに気付いたかのように眉を上げる。


「……あれは……」

「はーっはっはっはー!」


 だがアルフレッドが何かを言うその前に、船外からビリビリと響くような大声が聞こえてくる。

 勿論肉声ではなく、高性能の拡声器の類を使っていると思われる騒音に近い声量にヒルダ達3人娘は耳を塞いで顔をしかめ、アルフレッドは聞こえてきた方角……左の方へと視線を向ける。

 何も無かったはずのその場所に、突如揺らめくようにして一隻の帆船が出現する。

 髑髏の旗を掲げたその船は、間違いなく海賊船だが……これ程近くにいるというのに、気配すらもなかった。


「な、何あれ……魔法!?」

「驚いたかね恐れたかねビービッたかね! ちょーっとカッコいい感じの魔導船に乗ってるようだが、少しでも動いたらズドンだ!」

「あれ? なんか聞いた覚えがあるような……」


 声量を全く下げずに聞こえてくる声にノエルが首を傾げるが……その声の主らしき姿が、船の甲板に現れる。

 その数は三人……一人は細身の、やけにキラキラとした雰囲気を纏わせた男。

 一人は筋肉質な、頭を完全に剃り上げた大男。

 一人は船長帽を被った髭面の、いかにも海賊風の凶悪な顔をした男。

 どうやら拡声器を持っていたのは髭面男のようだが……その男を中心としてキラキラ男が右に、大男が左に布陣する。


「メデス海一の色男……オーニィ・サン!」


 オーニィと名乗ったキラキラ男が髪をかきあげるようなポーズを決めると、次は筋肉男が筋肉を強調するようなポーズを決める。


「メデス海一の力自慢……オーバッカ・サン!」


 そしてポーズを決めた二人の真ん中で、最後に髭面男が胸を張るようなポーズを決める。


「そしてメデス海一のダンディ……オットー・サン!」


 普段から練習でもしているのか見事にポーズを決めた3人は、これまた見事な連携で同時に叫ぶ。


「我等……メデス海にその名轟くサン・ブラザーズ!」


 そんな名乗りが響いた次の瞬間……ノエルは、ヴァルツオーネ号の船外放送スイッチをオンにしていた。

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