助けを求める少女(偽)と現れたもの

「お前達は……この子の両親、には見えないな」


 汚れた服と、微妙にかびた革の鎧。

 手に持っているのは武器屋にでも行けば一本500イエンで叩き売りでもされていそうな鉄剣。

 控えめに見てもマトモには見えない風貌の男達を見回し、アルフレッドは少女をそっと降ろして背後に庇う。


「となると「両親を浚った盗賊」というのはお前達ということで良さそうだが、何か反論はあるか?」


 アルフレッドの言葉に男達は顔を見合わせると、一気に笑い出す。


「がはははは! この状況でそれだけカッコつけられたら大したもんだぜ!」

「言ってやるなよ、女の前でカッコつけるだけで精一杯なんだからよ!」

「いいぜいいぜ、ほれ兄ちゃん、名乗りでもあげてみろよ! ビビって逃げ出すかもしれねえぜ!」


 下品な笑い声をあげる盗賊達を前に、アルフレッドは全く臆した様子はない。

 憶するはずもない。盗賊なんてものを恐れていて、世界など救えるはずもないのだから。

 ……だから、アルフレッドは腰の剣を引き抜く。

 赤い宝石と金の柄が印象的な銀色の長剣。本来であれば何かしらの名前や謂れがあったのであろうこの剣も、アルフレッド同様に名前はない。その名前を呼ばれる前に、「黄昏の聖騎士伝」は終わってしまったのだから。

 だが、それでも。今のアルフレッドには……高らかに叫ぶべき名前がある。


「俺はアルフレッド! 盗賊よ、人の安寧を踏み躙る者達よ! この剣を恐れぬのならばかかってこい!」

「はっ……馬鹿が。死ね!」


 盗賊達は剣をカチャリと鳴らして……そのうちの一人がガチャンと音を立てて、その剣を取り落とす。

 泡を吹く男の首を絞めているのは、その背後で起き上がった何者かの腕。


「ご、ぶ、あ……」


 やがてゴキリと首から致命的な音を鳴らした盗賊の男は崩れ落ち……その背後に、焦点の合わない目をした女の姿があった。


「あれは……」


 その女の姿は、明らかに異常。首元には絞められたような痕があり、綺麗に刺繍された服を着てはいるが泥や血で汚れている。

 ……そして何より、生きている人間とは思えぬその青白さ。憤怒に満ちたその表情。

 例えるなら、そう。まるで死体が起き上がったような、そんな異常さ。

そして……その女は、ゆっくりと地面に落ちた剣を拾い上げる。

 

「ひ、そ、そんな……ぎえっ!」


 また一人の男が斬られ、地面に転がる。

 残った一人の男は腰を抜かし、青白い女へと引きつった笑いを浮かべながら後ずさる。

 そして女は、その男をゆっくりとした緩慢な動きで追いかける。


「ま、待てよ! ほら、その。悪かったよ。なあ、話せばわかる! なあ……」

「あいつら……」


 その様子をアルフレッドの背後で見ながら、少女は何が起こっているかを理解する。

 あの青白い女は、確か以前仲間が浚ってきた女だ。

 身代金と引き換えに解放されたと聞いていたのだが……あの様子だと、どうやらそうではなかったらしい。

 金自体は持って帰ってきたはずだから、恐らくは金も奪って女も……と、そんなところだろう。

馬鹿な事をするものだ。最低限のラインを越えてしまっては、もう盗賊ではなく凶賊だ。いっそこのまま、手を切ってしまうのもアリかもしれないと女は考え始める。

 

「ヒルダ、おいヒルダ! 何してんだ! 助け……ぎゃあ!」


 頭を叩き割られた男が倒れ、それを見ていたアルフレッドは静かに女へと剣を向ける。


「……その風体、表情。その盗賊に何らかの恨みがあったものと見受ける。故にその復讐は見逃した。だが、悪いが君もマトモとは思えない。どう見ても君は死んでいるが……?」


 女は答えない。アルフレッドの問いかけにも答えぬまま、「お、あ、あ」と声にならぬ声をあげ……死んだ男にまた剣を振り下ろす。

 その後、他の盗賊の男達の死体を探し……そちらへ向けてゆっくりと歩いていくと、また剣を振り下ろす。

 アルフレッド達にまるで興味がないかのような動きだが、少女は知っている。あんな事をしているのは今だけだ。アレに満足すれば、今度は周囲の生きている者を襲いだす。


「だ、ダメよ! 言葉なんか通じてないわよ! アレはアンデッドよ!?」

「アンデッド……?」

「馬鹿! アンデッドっていえば動く死体でしょうが! 邪悪な魔力で動いてんだから話なんかできないわよ!」


 先程までの弱々しい言葉など嘘のような……というよりも男達の台詞を聞く限り少女が盗賊の仲間であろうことはアルフレッドにも理解できていたが、そのアンデッドという言葉に眉を顰める。

 邪悪な魔力で動く死体。つまり、アレは「死んだ人間が動く」というアルフレッドの理解の範囲外にあるものだということになる。


「……では聞くが、その死んだ人間を元の死体に戻す方法は?」

「え!? えーと確か動かなくなるまでやるか神官の浄化魔法で……ていうか、それどころじゃないわよ! 今のうち逃げないと……」

「なるほど」


 つまり、まともな剣技では対抗しにくい相手であるということらしい。

 そして、それだけ分かっていればアルフレッドには充分だ。

 何故なら……アンデッドという言葉に反応して、アルフレッドの中で叫ぶ「力」がある。

 不思議と、その発動の仕方も今のアルフレッドには分かっている。

 アンデッドの女を前に、アルフレッドは剣を正眼に構える。


伝説解放オープン


 その言葉をキーワードに、アルフレッドの内から力が溢れ出す。

 魔力とも呼ばれるその膨大な力の放出に危機感を覚えたか、盗賊の死体を念入りに「殺して」いたアンデッドの女はアルフレッドへと振り向く。

 

「『アスカ退魔録』・七支刀!」


 その言葉と同時に、アルフレッドの剣が不可思議な形に変化する。

 直剣でありながら左右に三つずつの枝分かれしたかのような刃を持ち、清浄な青い光を放つ不可思議な剣。

 その剣の輝きに少女は魅せられ、アンデッドの女は怯えたような声をあげアルフレッドへと襲い掛かる。

 

「退魔之剣一式……閃光斬!」


 だが、アンデッドの女の剣がアルフレッドに届くよりも早く……アルフレッドの剣から放たれた青い光の斬撃がアンデッドの女に命中し包み込む。

 清浄な力を持つ青い光の中で女のアンデッドは……その憤怒に満ちた顔を安らぎに満ちたものに変えながら、「ただの死体」へと戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る