再度の話し合い

 宿を無事にとったアルフレッド達は、宿にノエルを残して漁業ギルドへとやってきていた。

 もはや顔パスでギルドマスターの部屋へと案内されたアルフレッド達の前には渋い顔をしたギルドマスターが座っており……開口一番、ヒルダが先制攻撃を繰り出す。


「結論から言うわ。敵は海賊じゃない」

「だが戦士ギルドは海賊船を見ているし攻撃を受けている」

「その海賊船とやらには船の墓場を作れる手足でもついてたの?」

「……先程言っていた「船を積む」とかいうやつか」


 ギルドマスターはセレナに視線を投げかけるが、セレナはそれを首肯して肯定してみせる。


「確かに私も「船の墓場」を見ました」

「そんなバカな……ではまさか、本当に海竜だというのか?」


 もし本当に海竜であるのならば、すでに大規模討伐隊を組むか領主に騎士団を派遣して貰うレベルになる。

 それで討伐出来ればいいが、出来なければ港町としてのバッサーレは終わりだ。

 当然ギルドマスターの立場も危ういどころの騒ぎではない。

 何しろ、漁業ギルドは潰しがきかない。

 町に依存するギルドであるが故に、戦士ギルドや魔法士ギルドのように「余所の町で再起を図ろう」などというのが中々難しいのだ。

 しかし逆に言えば港町に根を張ってさえいれば安泰なのだが……このままでは、町自体が無くなりかねない。

 そうなっては迷信深い漁師の集まる漁業ギルドのことだ、「縁起が悪い」と他の町では受け入れてもらえない可能性すらある。

 それに大規模討伐隊を組むにしても、戦士ギルドの連中は海賊船一隻にボロ負けして船も失って帰ってきている。

 この上海竜討伐などという話になれば、誰もが嫌とは言わないだろうが再び船を失う事があれば海竜討伐が成ったとしても町の漁業が立ち行かなくなる。


「くそっ、そんな化物がどうしてこんなところに!」


 せめて他の町に行ってくれればいいものを、と身勝手な事を口走るが実際海竜とはそういう災害のようなものだ。台風を消そうと試みる者が居ないのと同じなのだ。

 頭を掻きむしった後に、ギルドマスターは暗い顔でヒルダへと向き直る。


「……とにかく、ご苦労だったな。本当に海竜かどうかは調査が必要だが、流石に倒せとは言えまい。依頼はこれで終了でいい。解決したわけではないから一億イエンは払えんが、気持ち程度は出す」

「ちょっと」

「分かっている、不満だろう。だから次の仕事も出す。領主様への……」


 机を叩いたヒルダに、ギルドマスターの台詞も思わず止まる。


「海竜だろうと問題ないわよ」

「は? お前が倒すとでもいうのか?」

「出来るわけないじゃない。私一人じゃオーク相手だって難しいわよ」


 アッサリと言い放つヒルダにギルドマスターは思わず頭痛がするが、次の言葉に目を見開く。


「でも、アルフレッドになら出来るわ。こいつ、超強いから」


 言われたアルフレッドは何か言いたげにヒルダを見るが、やがて溜息をつきながらギルドマスターへと向き直る。


「まあ、その海竜とやらは見た事は無いが。やれというならやろう。どのみち、この町にはそれが必要だろう」

「……まあ、それはそうなんだが。海竜はグランリザードとはモノが違うぞ? あれも結構な難敵だとは聞くが、所詮デカいだけのトカゲだからな。ドラゴンとは雲泥の差だ」


 たまに現れる巨大なトカゲ……グランリザードも討伐隊を組むようなモンスターではあるが、特殊な能力を持っていない分ドラゴンよりはマシだ。

 空を舞うドラゴンは様々なブレスを吐くというし、それは海竜も同様であるという話だ。更に海に潜られてしまえば手出しもしにくい。


「剣一本でどうにかなるものじゃないし、魔法があってもどうか……」


 依頼を出すのは構わない。それこそ倒してくれるなら一億イエンだってポンと出す。

 だが、それで死なれても寝ざめが悪い。

 無理と分かっている依頼を出す事ほど愚かしいものはないのだから。


「若い奴にこんな事を言うのは何だが、意外と人間は万能じゃねえもんだ。調査の結果やっぱり海賊だって話になったんなら再度依頼するから今回は……」

「問題ないって言ってるでしょ。その調査とやらも私達がやってやるわよ」

「だが」

「あのデカい船見たでしょ、平気よ」


 確かに、あのバッカス号とかいう船はギルドマスターも見た。

 何処の工房で造ったかは知らないが素晴らしく立派な船であり、頑丈そうでもあった。

 だが、それで海竜に勝てるかといえば話は別だ。

 別だが……逃げ切るくらいならば、出来るかもしれない。

 ならば、調査くらいであればとギルドマスターは思い直す。

 今から調査の為の船を調達するよりも、そちらのほうが余程いい。


「……まあ、そうだな。なら調査をお願いしよう。報酬は危険度を考慮して、基本額百万イエン。結果次第では最大で三百万イエン出そう。何も見つからずとも百万イエンは出す」

「いいわよ。でも原因は倒しちゃってもいいんでしょう?」


 自信満々に言うヒルダに、ギルドマスターは溜息をつく。

 これも若さ故か、とは思う。もしセレナが居なければ何かの詐欺かと疑う事すらしただろう。


「出来るならな」

「じゃあ、倒したら十億イエンで」


 だが、提示された金額にギルドマスターは思わず咳込む。


「だ、出せるわけないだろう!」

「何言ってんのよ。ドラゴンスレイヤーしてやろうってのに、そのくらいも出せないの?」

「たとえそうだとしても、そんな金は出ん! 一億イエンでもギリギリなんだぞ!」

「何言ってんのよ。町が滅んだら一億どころじゃないでしょ? アンタの老後が「漁業ギルドからの十億」で安泰になんのよ?」


 どうせお前の金じゃないだろうと言葉の裏に滲ませるヒルダだが、そんなに簡単な話ではない。

 流石に十億イエンもの金を出したとなれば責任問題だし、海竜の素材だって領主が出張って来れば安値で奪われるかもしれない。正直に言って、倒した後の面倒が大きすぎるのだ。

 それに、やはりすんなりと出せる金ではない。


「……それでも無理だ。だが、そうだな。もし海竜を倒したのであれば1億二千万出す。それと感謝状でも推薦状でも何でも何枚でも書いてやる。石像を建てたっていい。これでも王都へのツテはあるしな」


 それがギリギリ……ギルドマスターの独断で許される、本当にギリギリのところだ。

 それを感じたのだろう、ヒルダは肩をすくめると「それでいいわ」と答える。


「だが、海竜でないなら「それなり」の金額になるぞ」

「海賊なら一億イエンよ? 最初の通りにね」

「ああ。すぐに書類を作ろう」


 そうギルドマスターは答え、ヒルダと握手をする。


「……ところで聞きたかったんだが、そっちの立派な格好の兄ちゃんがリーダーじゃねえのか?」

「コイツは正義バカだもの。タダで受けられたら商売あがったりよ」

「次は是非一人で寄越してくれ」

「嫌よ」


 笑顔で握手を交わす二人だったが……冗談だと受け取ったギルドマスターと比べ、ヒルダは本気だ。

 アルフレッドに任せたら「困っている者に手を貸すのは当然だ」とタダで依頼を受けかねない。

 そう確信するくらいには、ヒルダはアルフレッドのことを理解していたのだ。

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