第33話 駆け落ちすればいい
薄氷の上の勝利だった。最終的に勝ったのは俺だが、間違いなく一手でも間違えていたら俺は死んでいた……そう思わされるほどに、ギリギリの勝利。
以前に戦ったギドは魔の者に力を与えられただけの人間だった。そして今回の敵は直接の部下……勿論、女神と対抗するような存在の部下なのだから弱い訳がないとは思っていたが、まさかここまで強力な存在だなんて全く想定していなかった。俺の見通しが甘かったとしか言い様がないだろう……それほどまでにクラーケンは強かった。しかし、最終的に勝ったのは俺だ。生きて立っているのは俺で、死んで消えたのはクラーケンなのだ……実力がどうとか、格上がとか関係なく、最終的に立っている奴が勝ちの真剣勝負に、俺は勝ったのだ。今はそれだけでいいだろう。
モンスターを召喚していたクラーケンが死亡したことで、エルフたちを襲っていたモンスターたちの統率された動きに乱れが生じている。そして、そんな統率の取れていないモンスター如きに苦戦するほど、エルフたちは弱くない。
クラーケンが倒れた瞬間に次々とモンスターはその命を散らしていき、最後に残った大きなモンスターは天から降ってきた杭に頭から尻まで刺し貫かれて消滅した。
「大丈夫ですか?」
「なんとか、な」
「傷は……自分で治したんですね?」
「あぁ……けど、応急処置だけだから、深い所までは無理だった」
クラーケンが襲って来てもすぐに動けるように、少し治しただけでしっかりと完治させた訳ではない。だから俺の身体の芯にはまだ痛みが残っているし、多分内臓のどっかが傷ついている。地面を転がって樹木にぶつかった衝撃で肋骨は折れているし、脇腹を殴られた時に折れた骨も完全にくっついている訳ではない。なにより、防御する時に突き出した右腕は粉砕されてぐちゃぐちゃになっていたから、形だけ整えたが骨はバラバラで、左腕は辛うじて動かせるぐらいで絶えず震えている。
すぐにシェリーが
痛みを堪えながらシェリーに治療して貰っている俺の所に、メレーナが近寄ってきた。俺の衣服が血で汚れているのを見て少し申し訳なさそうな顔を見せたメレーナは、何も言わずにそのまま頭を下げた。
「……頭下げられるようなこと、したかな」
「お前は私たちエルフにとって恩人だ」
「勝手に言ったら族長に怒られるのでは?」
「そんなことはもう関係ない。お前が戦っていた相手はそれだけ強大な相手だった……見ていればわかる。私が戦っても、きっと勝てなかった。それを倒し、この森を守ってくれたお前は私たちにとって恩人でなければなんだ」
義理堅いなぁ……相手を殺すって時に名前を名乗るような奴だからそんな気はしていたけど、流石に森の侵入しただけの人間に対して頭を下げながら恩人って言うのはやりすぎだろう。普通に考えて、エルフたちに対してよくないことをしている。
「いつまでも頭を下げているつもり? そんなことをしてたらこの森での立場がどんどん悪くなると思うが」
「それでも構わない。そのようなことで森を追放されるなら別に問題ないし、お前に頭を下げただけで追放するなんて場所ならこちらから出ていく」
覚悟が決まり過ぎでは?
「は?」
「痛っ!?」
武人気質だから仕方ないよな、ぐらいに考えていたら、俺の治療をしていたシェリーがドスの利いた声を口から発し、俺の傷口の上で強く拳を握りこんでいた。いきなり傷口を圧迫されたことに抗議しようとシェリーの顔を見てから、俺は即座に目を逸らした。
「……貴方、まさかリンネさんに惚れたとかいいませんよね?」
「惚れっ!? そ、そんな話はしていない!」
「でも、今の言葉は駆け落ちしようって言ってるようなものでは? 自分の故郷を捨てても貴方についていきますって、貞淑な女性を装ってリンネさんの好みの女性になろうとしているんですか? 正解ですよ、リンネさんは清楚で脚が綺麗で貞淑な女性が好みのタイプですから」
なんでシェリーが俺の好みのタイプを断言しているのか意味不明なんだが……そしてあってるよ。なんで知ってるんだよって思うぐらいに的確に俺の性癖を理解しているのが怖いんだけども。
何故か物凄い圧力をかけてくるシェリーに対してどうやって対応すればいいのかわからないって顔をしているメレーナがこちらに助けを求めてくるが、俺だってこの状態のシェリーをどうすればいいのかなんてわからないよ。
「あー……いいか?」
「あ、族長……すみません」
上手い。シェリーとメレーナの会話がヒートアップしそうな気配を見せた瞬間に、互いの沈黙を見逃さずに割り込んできた。真面目な話をしたいと雰囲気で伝えれば、流石にシェリーだって口を挟むことはできないだろう。エルフという少数民族とは言え、族長をしているだけあってこういう空気の読み方が段違いに上手いな。俺はこういう時にいつも火に油を注いでいるから……もう少し見習いたいぐらいだ。
「魔の者がもたらす災厄からこの森を守ってくれたことには感謝している。勿論、これは本心から出る言葉であって騙すような意図なんてない。しかし……お前たちがこの森に侵入してきた相手であることには変わりがない。それについてどうこうと、あまり揉めたくないので……さっさと目的を果たして出て行って欲しい」
「……それは勿論、女神の遺産を見つけて精霊樹から報酬を受け取ったら出ていくつもりですけど」
「納得できません。これだけの恩がありながらあくまでも侵入者だから追い出せなんて、それは流石に恥知らずではありませんか?」
「族長の決定に逆らうと?」
「はい。絶対に納得できませんから」
まぁ、双方の言い分を聞いていると族長の方が言っていることは正しい。犯罪者が善行をしたからってその罪が無くなる訳ではない。だから、族長の言っていることの方が正しいのだが……ここでそうだろうって声を出すと、自ら糾弾されたがっている変人になるので黙っておく。
「ふむ……ならばメレーナ・プリム」
「はい」
「お前はこの森から追放だ」
「はい?」
えー……凄まじいことを軽く言わなかったか?
「男と駆け落ちなりなんでも勝手にするといい」
「はいぃ!?」
「駆け、落ち? やっぱりリンネさんに惚れたんですか? ねぇ?」
なんで最後に更に面倒くさいことにしたんですか?
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