第8話 光の杭

「それにしても妙な話だな」

「何がですか?」

「さっきの……亜竜が探索者に見つからないほどの知能を持っているってことになる訳だけど、そんな知能の高いドラゴンは亜竜じゃなくて普通にドラゴンと呼ばれてもおかしくないと思う」


 誰も姿を発見できないドラゴンなんて、意図的に自身の痕跡を消しているってことにならないかな。それはつまり、モンスターとしては高い知能を持っていることになる訳で……高い知能を持たないドラゴンのことを亜竜と呼ぶのに、賢い亜竜って言葉が既に矛盾しているんだよな。

 うーん……なんだか変な感じだが、とにかく追跡して姿を発見しないことには始まらない。さっさと見つけてみるとするか……アリウスさんの言う通り本当に亜竜だったとしたら滅茶苦茶ハードな戦いになりそうだけども。


「これか」

「はい。数日前に、監視兵が夜間に動く影を発見して、翌朝になって見つかった爪痕です」

「確かに……サイズは亜竜ぐらいだけど、どうかな」


 土の匂いの中に混じる爪の匂いを嗅ぎ分ける。嗅覚に自信がある訳ではないが、嗅覚追跡サーチセンスを覚えてからなんとなく鼻が良くなった気がするので、これくらいならなんとか嗅ぎ分けることができる。

 犬の様に鼻を鳴らしながら匂いを感じ取った俺は、即座に嗅覚追跡サーチセンスを発動して、視覚にその匂いを表示する。


「……地上を走ってるな」

「飛んでないんですか?」

「うん……飛べないんじゃないか?」


 相手がドラゴンだと知ってから、俺もシェリーも相手が飛んでいるものだと勝手に思っていたんだが、ドラゴンにだって飛べる種類と飛べない種類がいる。今回追うことになる亜竜は飛ぶことができない種類ってことなんだろうけど……結構な歩幅だな。


「かなり遠くまで逃げてそうだな。足に自信があるタイプのドラゴンみたいだ」

「うーん……地上を走るドラゴンって言うと、地竜とかが思いつくんですけど」


 地面を掘り、翼を持たずに4つの強靭な足で大地を這うように歩く地竜か。確かに、地上を走るドラゴンって言われて真っ先に思いつくのは地竜だけど……今回のお相手は地竜のように地面に這いつくばっている訳ではなさそうだ。


「森の方じゃなくて、湖の方に向かってるみたいだな。今から行く?」

「どうしましょうか……夜間に確認されていると言うことは基本的に夜行性なんでしょうか?」

「さぁ? でも、夜行性である可能性は高いと思うよ。そう考えると、今から行った方が戦いやすいかもしれない」

「じゃあ、今から行きましょう!」


 うむ……このパーティーのメイン火力はシェリーな訳だからここは素直に従っておこう。それなりに魔法を幾つか覚えたが、まだまだ俺には火力が足りないからな……もっと沢山の魔法を覚えないと。

 嗅覚追跡サーチセンスを発動している俺を前にして、平原を走る。亜竜の足跡と思われる痕跡は確かに残っていないが、俺の目にはしっかりと匂いが紫色の煙となって見えていた。


「少し離れたところに『竜の伊吹』のメンバーが見えますよ」

「あっちも色々と調べてるんだと思う。でも……追跡魔法なんて使える奴はいなかったはずだから、苦戦しているのかな?」

「そうだとしたらさっさと私たちで駆除してしまいましょう」

「でも、追跡魔法が使える人間を雇ってるかもしれないし、急ごうか」


 基本的に探索者の依頼は討伐した人間しか報酬を貰うことができない。複数のパーティーで被っても、実際に討伐したパーティーしか報酬を受け取ることができないので、こういう時は競争になる。『竜の伊吹』のように規模の大きなギルドを相手に競争しても基本的に人海戦術には勝てないのだが、今回の様に特殊は場合は2人でも勝ち目はある。問題は亜竜との戦闘中に割って入ってくるかもしれないってことだけだな。


 湖の方に向かって走っていると、途中で匂いが途切れた。急ブレーキをかけて立ち止まった俺と共に、シェリーも止まる。


「どうしたんですか?」

「少し先で匂いが途切れてる」


 まさか匂いすらも消すことができる生物ってことなのだろうか。そうだとしたら非常に厄介だし、探し出すことは不可能だ。匂いが途切れる原因がきっとあるはず。そう考えながら周囲をしっかりと観察していた俺は、嗅覚追跡サーチセンスが新たに行き先を少し伸ばしたことに気が付き、同時に目の前の風景が一瞬だけ歪んだのが見えた。


「危ないっ!」


 俺が反応するよりも早くシェリーが俺の腕を引っ張って後方に引きずった。同時に、俺がさっきまで立っていた場所には大きな爪痕がいきなりできる。


「……見つからない訳だな」

「そうですね。これは確かに誰にも見つけられないモンスターです」


 俺とシェリーが見上げる先には風景が崩れながら頭からゆっくりと姿を現した紫色の鱗を持つ巨大なドラゴン。全身を魔力で覆い、それを風景に擬態させていたんだ……恐らくは、この亜竜が持つ固有の特殊魔法。高度な迷彩スーツをその身に纏っていた訳だからな……視覚で探していたら一生見つからなかっただろう。


「知能が高い訳ではなく、単純に隠れるのが上手いってことですね」

「あぁ……ま、ドラゴンが持っている魔法がこの迷彩だけだったらなんとかなりそうだけど」


 モンスターも人間と同じように魔法を使うことができる。ただし、その為にはある程度以上の知能が必要で、使えるモンスターはそう多い訳ではない。しかし、ドラゴンという種族は亜竜ですら他のモンスターを凌駕するぐらいの知能を持っているので、複数の魔法が使えてもおかしくはない。今も、擬態を見破られたことを警戒してこちらのことをじーっと観察しているようだが……普通のモンスターならこんな慎重な動きはしない。


「ふぅ……俺がなんとか視線を誘導してみるから、神聖魔法の火力で押し切れないかな?」

「難しいかもしれませんが、なんとかしてみます」


 よし、その作戦で行こう。最悪、俺が倒れても戦闘に関しては特に問題なんてない。俺みたいな低火力者はドラゴンとの戦いに必要ないんだからな。


火球ファイアボール!」


 顔面に向かって炎の玉を飛ばしてやれば、鬱陶しいと言わんばかりに頭を横に動かして簡単に避けた。俺はシェリーとは逆方向に走りながら火球ファイアボールを連発する。当たってダメージなんて存在しない攻撃だとしても、亜竜からすると異様にうざく感じているはず。

 亜竜の身体ごとこちらに向いた瞬間に、シェリーが背中に大きな白い翼を生み出し、ゆっくりとその場に浮かび上がる。


神の御手ホーリーライト


 ゆっくりと詠唱された神聖なる言葉によって上空の雲が吹き飛び、天から降りてきた巨大な光の杭が亜竜の身体に突き刺さった。

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