第7話 神に愛された

嗅覚追跡サーチセンス


 血涙を流しながら習得した魔法嗅覚追跡サーチセンスは、一度認識した匂いを視覚として捉える魔法。嗅いだ匂いと同じ匂いがぼんやりと浮かび上がり道標を作っていく。たとえ夜の闇であろうとも相手を地の果てまで追いかけることができるようになる魔法……強力な特殊魔法だ。ただし、使用しすぎると脳に負担がかかるのか頭が痛くなってくるので適度な休憩が必要でもある。体感で20分も使っていると動けなくなりそうなぐらい頭が痛くなる。


「凄いです……これでモンスターも追跡できますね! やっぱりリンネさんは凄い才能を持ってますよ! 次は私の神聖魔法を教えますからね!」

「それは……ちょっと遠慮しようかな」


 神聖魔法は秩序の女神を信仰している人間ならば誰もが教会で学ぶことができる魔法なのだが、あれは明確に神の存在を認識することでしか発動することができないとされている高等魔法……つまり、神の声を聞くことができる信心深い人間にしか使用することができない魔法なのだ。学ぶことは誰でもできるが、扱うことができる人間は殆どいない特殊魔法……それが神聖魔法。実際、神聖魔法を使える探索者はシェリー・ルージュ以外に存在していないし、なんなら教会の神官たちだって使えない。神官なのに使えないのかって昔は思っていたが、そもそも使えないことの方が普通なのだ。


「そう言えば……追跡魔法を使えるようになったのはいいけど、肝心のモンスターの匂いはどうするんだ?」

「それに関しては痕跡があるそうなので大丈夫です。視覚で追えるような痕跡はないかもしれませんが、嗅覚ならオッケーです!」

「本当か?」


 ちょっと怪しくない? まぁ、今はシェリーのことを信じてひたすらに進むしかないか……探索者としての年季は俺の方が上だけで、歩んできた経験の濃さが段違いだから実質先輩みたいなものだし。


 何故か滅茶苦茶機嫌がいいシェリーに連れられるままに背後を歩く。街を歩いていると色々なものが目に入ってくるが……聖女シェリーと共に歩いている俺は何者だって視線が滅茶苦茶刺さってくるな。流石に有名人だ……そもそも神聖魔法が使える教会の認めた聖女って時点で当たり前なんだけどな。


「あ」

「あぁ?」

「……顔も見たくないって言いましたよね?」

「そりゃあ俺たちに街中を歩くなってことか?」


 しばらく街を歩いていたら、前を歩いていたシェリーの機嫌が一気に悪くなった。なにがあったのかと思って前を見ると……そこには俺を追放したアリウスさんの姿があった。

 気まずい空気になるのはわかるんだけど、普通に考えて今の言葉の応酬はアリウスさんの方が正論だからシェリーはもう少し我慢して欲しい。シェリーからすると俺を痛めつけて追放した連中が許せないとか、そんな感じなんだろうけど、そもそも無能だった俺が悪い訳で……なんて頭の中でぐるぐると言葉が回っている間に、シェリーとアリウスさんがゆっくりと近寄っていく。


「新しいギルドを設立したらしいな。ギルドマスターは……あの無能だとか」

「言葉が悪いですね。リンネさんは無能なんかではありません……貴方たちが武器も扱えないから無能だと全てを取り上げていたのが問題なんです」

「魔法なら戦えるってか? あのなぁ……探索者にとって魔法でしか戦えない人間がどれだけ無能なのかお前は知ってるはずだろ?」

「私も魔法しか使えませんけど?」

「傷が癒せるなら魔法しか使えないなんて言い方はしない。あの男は魔法だってまともに使えないだろうが」


 使えない訳じゃないよ? 元々燃費が悪いだけで……いや、明確にイメージすることができなかたので高等な魔法は使えなかったけど。


「アリウスさん……街中でこれ以上は」

「黙ってろ」

「シェリー、流石に俺たちの方が悪いからここは素直に謝ろうよ」

「嫌です」


 なんで?


「そもそも──」

「あー!? は、早くいかないといけない用事があるんだったなー!? 行くぞシェリー!」

「え? ちょ、ちょっと待ってくださいぃー!?」

「……あいつ、あんなアクティブな動きできたんだな」


 俺は声をわざとらしく張り上げてからシェリーの手を握ってそのまま走り出した。なんか抗議の声が聞こえて来たけど敢えて無視してそのまま走る。


「俺たちの目的は人と喧嘩することじゃなくて件のモンスターを探すことでしょ? 街中で喧嘩なんてしちゃ駄目じゃないか!」

「で、でも……私にとっては既に因縁の相手なんです!」


 なんの因縁なのか知らないけど、俺がもういいって言ってるんだからそこは矛を収めて貰わないと。勿論、俺の為に怒ってくれていると思うとそれなりに嬉しい気持ちはあるけどね? 場所とタイミングが悪いよ。


「件のモンスター?」

「え?」

「お前らもその件を追ってんのか」


 まだ離れきる前に俺が大声で「件のモンスター」と口にしたことで、アリウスさんがこちらに視線を向けてきた。


「やめておけ。ただでさえ普通の探索者が姿を発見できないなんて言われているが……監視兵の言葉が本当なら敵は亜竜種だ。お前みたいな無能じゃ勝てない」


 亜竜って……あの亜竜か? 神秘的で大空を飛ぶ巨大なモンスターであるドラゴンと同じような種族でありながら矮小で知能が高くないドラゴン。それが亜竜のことだが……こんな街の近くで亜竜なんてあり得るのか?


「なめないでください」

「あ、こら!」


 俺の思考が亜竜にいった瞬間に、掴まれていた腕を振り払ってシェリーが前に出る。


「リンネさんは神に愛された才能を持った人です。貴方たちが先に見つける前に私たちが片付けてしまいますから……いつも通り迷宮にでも潜っていたほうがいいですよ?

「はぁ……そいつのどこが神に愛されてるって?」

「貴方にはわかりませんよ」


 俺は再びシェリーの腕を掴んで歩き出す。俺のことを神に愛されているなんて、聖女が公の場で口に出すなんてどんな影響が出るかわかったものではないが……ここは黙って逃げよう。

 俺たちが今やるべきことは、街の人が不安がっている問題を解決すること。ここでアリウスさんたちの言い合っていてもなにも始まらないし、なにも解決しない。探索者として俺たちはしっかりと人々の不安を取り除かなければならない。


 それと、シェリーはちょっと口が汚いことを自覚させるために説教しないと駄目だな。

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