第6話 追跡魔法

「受理しました。これで、貴方たちはこれからギルド『夜明けの星』のメンバーとして活動することになります。なお、探索者協会が定めるノルマを2ヵ月以内にクリアできなかった場合は強制的にギルドを解散、ギルドマスターは二度と自らの手でギルドを作り出すことはできなくなるのであらかじめご了承ください」

「わかりました」


 2ヵ月か……長いような短いような、微妙な期間だ。迷宮探索をしっかりとやって成果を上げるには少し時間が足りないように思うし、普通に探索者としてそれなりの活動をするにはある程度の余裕がある時間だ。

 幸いなことに、ギルドマスターさえ決まっていれば人数制限なんかの縛りは存在していない。俺が立ち上げた『夜明けの星』には最初からシェリーが加入しているが、最初は人数がいなくてゆっくりと集めていったギルドなんて掃いて捨てるほどいる。まぁ、その全体の5割は時間制限に引っかかってしまって解散してしまうらしいが。


「それで? どうすることにしたんだ?」

「いい依頼は見つけたんですよ」


 ギルドを設立する手続きをしている間、シェリーは目新しい依頼を探して探索者協会を歩き回っていたらしい。依頼と言うのは、探索者に対して金を払って私用を頼むことができるシステムで、探索者の力を必要としている人たちの救済の為に出来上がったシステムだ。

 今回、シェリーが持ってきたものの依頼人は……知らない名前だ。しかし、中の文章にはしっかりと依頼主の職業と依頼内容が丁寧な字で描かれていた。


「……なんで街の監視兵が俺たちに」

「どうやら最近、街の外で厄介なモンスターの目撃情報が出ているようなんです。普段なら食いついた探索者たちによって狩られてもおかしくないんですか……どうにも神出鬼没で、出現時間だと推測されていた時間になっても出てこないなんてことがよくあったそうです」

「色々と書いてあるけど結局は討伐依頼じゃないか。しかも、今までの法則が全く通用しないタイプのモンスターってことは……俺たちが必死になって探しても見つかるかどうか」


 普通の生物と同様にモンスターにも種族ごとの生き方というか……習性みたいなものが存在している。夜行性のモンスターは夜にしか行動しないし、草食のモンスターは人間を襲って殺しても死体を食べたりはしない。大人しいモンスターは人間を見たら逃げるし、縄張り意識の強いモンスターは人間だけではなく他のモンスターにだって襲い掛かる。基本的に、魔力を保有している人間以外の生物をモンスターと定義しているだけで、野生動物とあまり変わらないんだよな。


 習性がわからないモンスターってことは、少なくとも人間にとって馴染み深いモンスターではないということだ。しかも、他の探索者たちが法則を見出だそうとして全く探せていないってことは、それなりに苦労する相手でもある。これを今から2人で見つけようってのは……ちょっと無茶な感じがあるんだけど、シェリーはやる気満々なんだよな。


「普通に探して見つからないなら、魔法の力を使えばいいんです」

「魔法って……そんな追跡するような魔法、シェリーは使えるのか?」

「え? リンネさんが覚えて使うんですよ」


 えぇ……確かに、追跡するための魔法について詳しく書かれている魔導書があれば再現することは可能かもしれないけど、割と希望的な観測で喋ってないか? それに、他の生物を追跡するための魔法なんて明らかに特殊魔法だろう。つまり、本来ならば才能が無ければ使いこなすことができない魔法ってことになる。特殊魔法すらも模倣することで使用することができるのかはまだ検証していないが……仮にできたとしても正しく追跡できるかどうか。


「やってみないとわかりませんよ。まずは魔導図書館に行って魔導書を探してみませんか?」

「ん……それが早いかな」


 シェリーがは結構滅茶苦茶なことを言っているけど、実際にここまで発見されないモンスターということは通常の方法で見つけることはまず不可能。見つける方法は魔法による特殊な追跡しかないことは確かなんだ。問題はその特殊魔法を探せる人を見つけるんじゃなくて、俺が使えるようになればいいって言ってることなんだよね。



 さて、しばらく探して見つからなかったら素直に使える人に頼もうって話に持ち込めると思っていたんだが……まさか特殊魔法すらもしっかりと魔導書にして残している人間がいるとは思わなかったな。魔導図書館の司書さんに聞いたらありますよって速攻で返ってきたし、マジで凄まじいな……国立って。


「どうですか?」


 特殊魔法が記された魔導書は基本的に持ち出し禁止だったので、要点だけを抜き出してメモした紙を持って俺とシェリーは街の外の平原に立っている。今回発見した追跡用の魔法は、対象となる匂いを視覚で捉えて追うことができるようになる魔法らしい。魔力を通じて人体の五感に直接体内から干渉する魔法なので、使用しすぎると身体がイカレて死ぬと書かれていたけど、そもそも魔力で内側から人体の五感に干渉するって部分が想像し難くて苦戦している。


「んぐぐ……」


 鼻を使って匂いを確認してから、同じ匂いを目で確認する……文字だけで見ると滅茶苦茶簡単そうに見えるのだが、実際にやってみようと思うと頭が困惑する。そもそも匂いを目で感じるってのが人体には不可能な行為だし、魔力によってそれが可能になるって言われてもどういう感覚でやっているのか俺には理解できない。他の追跡魔法を探した方がいいかとも思ったが、モンスターを追う方法で最も簡単なのは嗅覚だと思うから、これが最適解に近いと思う。

 身体の中にある魔力をひたすらに循環させて匂いを視覚で捉えるイメージを膨らませる。イメージするのはゲーム画面で、俺は匂いに色を付けて記憶しようとしている。


「……痛っ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」


 頭がずきりとと痛み、目の奥からじんわりと温かい液体が流れてくる。涙だと思って拭おうとしたら、シェリーに止められた。


「血涙ですよ……服が汚れたら取れなくなっちゃいます」

「え」


 自分の頬に触れたら本当に透明な液体じゃなくて赤色だった。確かに鉄っぽい匂いもするし……本当に俺は目から血を流しているらしい。懐からハンカチを取り出して俺の血涙を拭いてくれているシェリーに、少し申し訳ないと思ったが……俺の顔から離れたハンカチから、赤色の煙が発生しているように見えて、俺は目を擦った。


「あ!? 擦っちゃだめですよ!」

「できた」

「え?」

「追跡魔法」


 鼻から香ってきた自らの血液の匂いが、赤色の煙として目が認識している。この血涙は……もしかして身体の中の繋がってはいけない部分が繋がった結果なのでは?

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