第16話 やさぐれ精霊

「……驚いた。聖女の噂は聞いていたけど、もっと年上の人を想像していたよ」

「そうですか?」

「あぁ……神聖魔法を使ってモンスターを打ち倒す光の使者と聞いていたから、もっとい歴戦の女性だと思っていたんだ。聖女と言えば若い人とは限らないだろう?」

「確かに」


 基本的に、神聖魔法がある程度以上使える女性のことを聖女と呼称するのだから、別に聖女の名前を与えられた人間が若者である必要性は無い訳だな。


「しかし、そんな聖女でも……」

「はい、ここまで頻繁にモンスターが街にやってくる理由までは、残念ながらわかりません」


 俺とシェリーが、騎士を名乗ったギドと共に湖の近くで会話している間にも怪鳥が空から襲い掛かってきた。再びシェリーが撃退したのだが……こんな高頻度でやってくると想像していなかった俺とシェリーは既に辟易とした表情をしていたのだが、流石にこんな頻度でやってくるのは初めてのことだと驚いていた。

 騎士を勝手に名乗っている時点で怪しい人間だと俺は勝手に思っていたんだが、疲れ果てたギドの顔を見るとそんなことも言っていられない状態だと察して口を閉じた。他の人たちを見てもギドのことはかなり信頼しているようなので俺は黙っておくことにしたのだ……そこを無意味にツッコんで空気を悪くするような勇気は俺にない。


「どうしたものか……このままモンスターと戦い続けても街は疲弊して滅んでいくだけ。僕たちだって毎回撃退しているけど、物資はその度に減っていく……もう、できることはないのかもしれない」

「……リンネさん」

「本当に言うのか? ここまで頑張ってきた人たちに対して残酷なことかもしれないぞ?」

「でも、それ以外の解決方法なんて見つかりませんし、これほどの頻度は異常です……やはりリンネさんの言う通りかと」


 うーむ……実際に対策に当たっている人たちを見て、俺は何も言えなくなっていたが、逆にシェリーは言うべきだと主張している。それは……今回の騒動を操っている存在がいるだろうということ。

 俺の反応を見ても引き下がる気の無いシェリーが今更止まるとも思っていないので、取り敢えずは頷いておくと、シェリーはおもむろに今回の事件にはモンスターを操っている黒幕のような存在がいるかもしれないと話し出した。

 唐突なシェリーの言葉に、モンスター対策に頑張ってきた人々は困惑。言っているのが聖女と呼ばれる少女だから困惑で済んでいるものの、あまりにも荒唐無稽なことを言っているシェリーに怒りを滲ませている人間もいた。まぁ……今まで貴方たちがやってきたことは黒幕の掌の上だったかもしれないんですよー、なんて王都からやってきた小娘に言われたら誰だってムカつくだろう。


「みんな落ち着いてくれ。確かにモンスターが大群になって何度も襲ってくるなんて、普通に考えておかしいだろう?」


 そんな集団のストレスを取り除くように声を上げたのが、ギド。このメンバーの中でリーダー的な役割を担っているだけあって、流石に声の通りが違う。さっきはシェリーの言葉に懐疑心を覗かせていたメンバーも、ギドがそう言うならそうかもしれないと口にするほどに、信頼されている。

 ギドがゆっくりと俺とシェリーの方に振り返ると、頭を下げた。


「お願いします! 僕たちにはそんな存在を見つけることなんて不可能だ……今の今まで、モンスターを倒すことで精霊様を守っているつもりになっていたが……君たちの言うことが本当だったら、僕たちでは到底守り切れるものじゃない」

「本当はいないかもしれないぞ? 俺たちの妄想で、本当は黒幕なんていなくて……モンスターが自己進化した結果かもしれないんだぞ?」

「それでも構わない。このまま放置すれば……どっちみちこの街は終わりだ」


 シェリーから期待の眼差しを向けられてしまう。街を救うために黒幕を追うってシチュエーションが、多分彼女の想像する華々しい活躍と被ったのだろう。シェリーはなにかと俺に活躍して欲しいと考えている変人だからな。しかし、実際にこの状況をなんとかするには黒幕を見つけるしかない。もしいなかったとしたら……その時はこの街の終わりだ。


「まずは精霊様に会ってきたらどうですか? もしかしたら何か知っているかもしれないですし……俺たちはその間もこの街を守る為の準備を続けますから」

「そうですね。一度は会ってみましょうか」

「あぁ……人間じゃない存在と会話するのは新鮮な機会だしな」


 俺も賛成だ。



 なんだこれは。

 精霊が住んでいると言う湖の中心にやってきた俺の頭の中に浮かんだ率直な言葉だ。湖の中心には、絶世の美女と言えるだけの美貌を持った神秘的な女性が水の上に寝転がっていた。しかも仰向けに……さながら海水浴で浮いているおっさんみたいな。


「……想像と違う」

「言うな」

「あー?」


 シェリーの呟きを拾った俺の言葉に反応して、水の精霊は起き上がった。


「ん……街の人間じゃないのか。なにしにきた」

「何しにって……精霊様に、会いに」

「わたしにぃ? 物好きだなぁ……あれか、魔力を授けてください精霊様ってか?」

「やさぐれ精霊だ……こんなのを守らないといけないのか」

「やさぐれだぁ? こんな状況でやさぐれずにやってられるかよー」


 こちらの水をパシャパシャとかけながらそう言う精霊に、ちょっと違和感を覚える。


「こんな状況ってのは?」

「モンスターが何度も来るだろ? あれだよ……どうも、魔の者が私の力を鬱陶しいと思ってるみたいでな。消したいんだろうよ」

「ちょい待ち、?」

「あぁ!? 人間って魔の者知らねぇーの?」


 いや、知らんし。


「ほら、あれだよ……世界征服を狙う悪い奴らのことだよ」

「ざっくりとし過ぎだろ。もうちょっとエピソードないのかよ」

「あー……あれだ。女神いるだろ? あれと敵対してた悪い奴……私はこれでも昔、女神と肩を並べて戦った偉い精霊なんだぞ?」

「え、見えない」

「どういう意味だ小娘、こらぁ」


 女神を信仰しているシェリーからすれば全く威厳のない姿をしているくせに、女神と肩を並べて戦ったなんて言われてもショックだろうな。俺としてはあの結構適当な女神とお似合いだと思うんだけど……それにしても新情報だ。


「その魔の者とやらが、力を狙っていると」

「いやいや、私を消そうとしてるのさ。自分が完全に復活するためには私の存在が邪魔だから……多分だけどね」

「封印されてるのか?」

「そそ」


 ふーむ……なんか王道展開になってきたと同時に、面倒なことになってきた気配がするな。

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