第17話 黒幕

「魔の者、ですか? すいませんが聞いたこともありませんね」

「ですよね」


 精霊と話したことをそのままギドに伝えたが、そんなものは聞いたことがないと言われてしまった。実際、俺もシェリーも全く聞いたことがない存在なので本当に実在しているのかすらちょっと怪しんでいるんだが……意味もなく精霊が嘘を吐くとも思えないので黒幕としてその魔の者とやらの手先がいると考えていいだろう。魔の者なんて言われているんだから、きっとモンスターを操ることだって簡単にできるだろうし。

 本当に黒幕がいたとして……何処に隠れているのだろうか。シェリーが言っていた契約魔法を悪用してモンスターを従わせているとしても、それだけのモンスターを何処からか調達してこないと契約することだってできないだろうし、そもそもあの怪鳥たちだって集団で生活している訳ではないだろうから1体ずつ時間をかけて契約しているとして……どこから持ってきているのかすら正確に把握できることもない。謎だ……謎に満ち溢れている。


「と、とにかく解決の糸口が見つかったことを喜びませんか? 僕たちはひたすらにモンスターを倒すしかできなかったのに、その魔の者とやらを倒せば全てが解決できるんですから、これは大きな進展ですよ」


 ギドの言う通りではある。終わりの見えない戦いにゴールが示されただけでも人は希望を抱くことができる。問題はそのゴールの存在が示唆されただけで、ゴールの場所は誰にもわからないってことなんだが……上がった士気をわざわざ下げるようなことを言う必要もない。


「……精霊の命を狙う魔の者ですか。神聖魔法の敵におあつらえ向きみたいな名前ですね」

「だなぁ……そもそも女神と敵対していた存在なんだから、神聖魔法が特攻で通るとかあったりしないかな」

「さぁ……そもそも女神を信仰している私ですら聞いたことが無いんですから、歴史から存在そのものを抹消されているのでは?」


 物語としても語り継がれないほどの存在って、どんな奴なのか全く想像もできない。語り継ぐこと自体が危険であると判断されない限りは、歴史から存在を抹消なんてされる訳がないだろうし。

 秩序の女神……世界を生み出し、人間の生きるためのルールを生み出したとされる偉い神様だが、そんな存在と真っ向から戦っていた存在となると俺たちが想像できる以上の化け物だろう。



 想像していたよりも遥かに大きな話になっていた街の防衛を始めてから数日、相手のストックが尽きたのか全くモンスターが襲ってこない日々が続いた。精霊には毎日会いに行っていたのだが、どうやら敵のことを警戒して表には殆ど出てこないようであれ以来会っていない。もう少し魔の者とやらについて詳しく聞いておきたかったのだが……ギドたちも殆ど会うことができないと聞くと黙っているしかなかった。地元民でも殆ど会えないのに、俺たちが何回もそう会えるわけがないと思ったからだ。

 敵がいつ来るかもわからない中での仮初の平和というのは中々どうして落ち着かないもので、俺もシェリーと共に用意して貰ったホテルで休んでいるのだが……どうにもぐっすりと寝ることができずにいた。


「……神経が細いよなぁ」

「こういう時にぐっすり眠れる方が異常だと思うので、大丈夫ですよ」


 俺がもっと図太い性格していたら、どしっと構えておくこともできたかもしれないが……結構細かいことが気になるタイプなので寝不足だ。不眠症まではいかないが……どうしても気になるものがあると眠れなくなってしまう。

 ギドたちの情報によれば、精霊を襲いに来るモンスターはいつも空からやってくる大型のモンスターばかりで、地上や水中を移動するモンスターはいないらしい。やはり地形的な問題で近づけないからなのか、もっと別の理由があるのかは知らないが……全員が空だけを警戒している状態だ。しかし……逆に俺にはそれが誘導されているような気がしてならないので、シェリーにだけは地上もしっかりと警戒するように伝えてあった。それが、よかったのかもしれない。


「敵襲だ!」

「また空から来たぞ!」


 ギドたちがいつも通り武器を構えて精霊の湖を守ろうと走り出すと同時に、湖の中から精霊が姿を現した。違和感と呼ぶには小さな異物感。俺は自身の中に芽生えた直感に従って出力を制限した疑似・竜の伊吹ドラゴンブレスを放つ。

 放たれた竜の咆哮は、川の土を破壊しながら地中から現れたミミズのような大きなモンスターの頭を消し飛ばす。


「んな……今のは!?」

「精霊様、そんなことより今は自分の身を守ってくれ」


 空に意識を割かせておいて、地中からの奇襲で精霊の命を狙いに来た訳だが……事前に俺から話を聞いていたシェリーが既に動き出していた。


神の御手ホーリーライト


 天から降り注ぐ光の杭は、地面から次々と飛び出してくるモンスターたちを殲滅していく。あれだけの数の神の御手ホーリーライトを発動しながら、全く息が切れていないシェリーも凄いが……空からやってきたモンスターたちに対処して消耗が少ないギドたちも実力者揃いだ。


「……これだけの攻勢、今までで一番」

「ん……怪しい奴は発見したけどな」

「怪しい奴? 魔の者か?」

「いや……多分、その魔の者とやらにたぶらかされた奴がいる」


 どうやってたぶらかされたのかなんて興味もないが……奴なら確かに可能だろう。モンスターを従わせる方法なんて知らないが、精霊を襲って消耗させることができる奴なんてそれぐらいしか思い浮かばない。


「今はこいつらを片付けて乗り越えるとしよう」

「そう、だな……私も助力する」


 精霊が魔力を使って周囲の水を持ち上げたと思ったら、水の槍となってそのままモンスターたちを貫いていく。女神から魔法を見るだけで学ぶことができる能力を授けられている俺だが……今、精霊が使用しているのはそもそも魔法ではない。俺には真似できない技術で水を操っているようだが……問いただすのは後でいいだろう。


疑似・神の御手ホーリーライト


 大神官に神聖魔法を学ぶための書物を見せてもらったことで、俺は疑似再現ではなく本当の神の御手ホーリーライトを使えるようになっているが、疑似再現の方が魔力効率がいいので俺は疑似・神の御手ホーリーライトを使う。その分、威力は落ちてしまうが……この程度のモンスターが相手なら大した問題もない。

 俺、シェリー、精霊、そしてギドたちによってモンスターは順調に駆除されていき……最初のモンスターが現れてから約15分後、全てのモンスターが片付いた。

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