第107話 盛大な口喧嘩

 腕が千切れ飛ぼうが気にすることはない。どうせ死ねば治る……ここはそういう幻の世界だ。重要なのは痛みとショックで精神を摩耗させないことだ。この世界での俺の敗北条件は立ち上がることができなくなるほどに精神的なダメージを受けること……つまり、肉体的なダメージは問題じゃない。

 力を封印されていない魔の者はあまりにも強大だった。俺がなにをしても突っ立っているだけで無効化し、放たれる魔法は疑似再現しようにも規模が違いすぎて劣化しかできない。肉体的な叩きでも勿論勝てる訳もなく、拳を振るわれるだけで簡単に潰されて死ぬ。しかし……今まで何十回と死んできて、全く傷を負わせられなかったかと言えば……そうでもない。


「しっ!」

『む』


 クロスカウンターの要領で放った雷速ソニックボルトは魔の者の頬を焼き、俺は拳に押しつぶされて全身がぐちゃぐちゃになって死んだ。

 目を開けると、そこには万全の状態の俺と魔の者がいる。

 掠り傷だ……だが、確実にダメージを与えることができている。俺ができるのはこれを繰り返していつか魔の者を超えることか、それこそ精神的なダメージを与えてこの空間そのものを破壊することだ。


『……我に傷をつける存在が、女神以外に存在することになろうとはな。いや、女神が異世界の人間に助っ人を頼んだ気分がわかったよ。我も次からは異世界から邪悪な心を持っていそうな人間を引っ張ってきて、好き勝手に世界で暴れさせるのもいいだろうな』

「なんてこと考えてやがる」


 そもそも、簡単に異世界に干渉しようとする方がおかしいだろうが。

 それにしても……自分でも言うのもなんだが、随分と不毛な戦いになっている気がする。いや、だって幻の世界では死んでも心が折れない限りは俺の敗北じゃないし、魔の者だって傷を与えても即座に再生するんだからどうにもならないよな。でも、国王が展開していた領域のように簡単に破壊できるものには見えないし、そもそも俺の力で簡単に破壊できるなんて思っても無いからマジで試すだけ無駄。

 不毛な戦いなんだが……どれだけの時間を戦っているのかわからないから、それが一番キツイ。真っ暗闇の空間の中で、左右もわからないので戦っていても時間感覚というものが働かない。故に俺は魔の者と戦い続けているこの時間が数分なのか数時間なのかもよくわかっていない。死んだ回数から考えて数分ってことはないかもしれないけど。


『さて、まだやる……邪魔が入りそうだな。折角少しだけ楽しくなってきたって言うのに……まさかここで邪魔を入れてくるとは』

「邪魔?」


 この戦いを邪魔してくる奴なんていないだろう……なんて考えていたら、暗黒の空間が砕け散った。バラバラと真っ黒のガラスが割れたように地面に欠片が散らばる中、見上げた先には先ほどまでの空間とは真逆、純白の翼を展開している女神の姿があった。

 前を見ると、鎖の大半を引き千切っている魔の者が座っている。左腕は消し飛ばされた状態のままで、忌々しそうに女神のことを見つめていた。


『もう帰ってくるとはな』

「本当ですよ。まさかあの一撃だけで5個も次元を移動させられるなんて思ってもいませんでした」


 えぇ……女神はてっきり、強すぎる攻撃を受けたせいで動けなくなっているもんだと思ってたんだけど、どうやら次元を超えて吹き飛ばされていたらしい。


『いや、むしろ5個で済んでいるのが力の差に表れているな。我は二度と帰ってこれない程度には吹き飛ばしたつもりだったのだが』

「私と貴方の力量差で、そこまでのことができると思いますか?」

『我が完全に力を取り戻し、お前が油断していたあの状況ならできただろうな』


 2人の間で見えない火花が散っている。明らかに互いを敵対視している者同士の視線の交差だが……魔の者が決して俺には向けていない視線だ。同時に、チャンスはここにあると思った。女神が帰ってきたことで俺はかなり自由に動けるようになった。そして、幻の世界で何度も死んだ過程で俺の力は既に元の数倍ほどまで膨れ上がっている。であるのならば、まだ封印が完全に解除できていない魔の者に対してならば、有効な攻撃を行うことができるかもしれない。


氷嵐アイスストーム

神聖爆破フェアリーボム


 互いに睨み合っていた女神と魔の者だが、ほぼ同時に魔法を放っていた。氷の嵐が生み出されると同時に、きらきらと女神の周囲を舞っていた光が一斉に爆発した。女神名乗ってる癖にえげつない魔法使うな……可愛くないわ。


「デザスターと聖女は?」

「次元に穴を開けられて、2人とも元の世界に飛ばされたらしい」

「なるほど……こちらの戦力を削ってきたと」

『違うな。我はその男を観察していたかっただけで、他の連中に興味がなかったから送り返しただけだ』

「そのことを戦力を削ったと言っているのですが?」


 いつの間にか俺の頭上に移動していた女神の問いに、端的に答えたのだが……魔の者が空間を組み替えて目の前に移動してきた。同時に、再び女神が爆破を起こして俺を連れて後退した。


「ちょ、なんて今になって逃げるんだよ!」

「逃げている訳ではありません。まだ聞きたいことがあるからこうしているだけです……貴方のその力、私の力を完全に取り込んでしまったんですね」

「え、そうしろって言ったじゃん」

「自身の存在と融合させろなんて言ったつもりはありませんが……まぁいいでしょう! 今の力なら魔の者に対抗することができる。共に戦いましょう!」

「無造作に放り投げながら協力って言ってんじゃねぇっ!」

『来るか!』


 さらっと魔の者の方向へと俺を放り投げた女神に文句を言いながらも、目の前に迫っていた魔の者に対して俺は魔法の準備をしていた……のだが、横を高速で通り抜けた女神が魔の者の頭を吹き飛ばした。


疑似・氷嵐アイスストーム!」


 何が起きているのかよくわかっていないが、取り敢えず攻撃しておこうと複数回見たことで完成度が近くなっているはずの氷嵐アイスストームで身体を攻撃したが、すぐさま頭が再生して弾かれてしまった。


「ふ……ご自慢の魔法が模倣されているみたいですけど?」

『あぁ、面白い男だろう?』

「私の目なんですけどね」

『お前とは使い方が違う。実に面白い男だ』

「はぁ? 私は面白くないと?」

『秩序しか頭にない女のことなど興味はない』


 ねぇ……これ、さっきから聞いてるんだけど、仇敵同士の戦いってよりは友達の口喧嘩じゃないの? これ、もしかしてこいつらの私情に世界が巻き込まれてるとかないよね?

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