第30話 本物

 何度目かの遺跡破壊を行っていると、騒ぎを聞きつけたエルフたちがゆっくりとこちらを包囲してきた。ちらりとメレーナの方に視線を向けると、彼女の方が狼狽えていた。


「人間、今すぐ降伏するのならば苦しまずに殺してやる」

「あー……こっちにも色々と事情があるから、彼女から聞いてもらえると嬉しいんだけどな」

「メレーナ・プリム……君の処遇は後程伝える。だからそこでじっとしていろ」

「あ、くっ……」


 ふーん……どうやら、力関係は完全にメレーナよりも向こうの方が上らしい。俺たちを追いかけていたエルフたちの中で隊長のような立ち位置にいたメレーナよりも上の立場だとなると、それはもうエルフたちを守る者の中で最高位に位置する人間か、エルフたちの長のどちらかになるだろう。つまり、俺たちの目の前にいる美女は間違いなくエルフにとってのお偉いさん。

 裏切った処罰は後でしてやるから黙ってろって、いきなり騎士団の団長とかに言われたらそらあんな風にもなるよな。上司の半端な圧力を前に逆らえるような人間なんてそういないわ。

 仕方ないか……ここはしっかりと言葉を使って話そう。


「俺たちは女神の遺産を探している」

「なに?」

「当初の目的は違ったんだけど、聖域にいる精霊樹から探してほしいと頼まれてしまってな……だからエルフたちには悪いと思ったが、ここは精霊樹を優先させてもらった」

「世迷言を言うな! 貴様ら人間に精霊の声が聞こえるなど──」

「──黙れ」


 偉い人の近くにいた武器を持った護衛の男がデカい声で俺たちを非難しようとしていたが、即座に圧力を向けられて黙り込んでしまった。

 考え込むような姿を見るに、どうやら彼女はなにかしらの情報を持っていそうだ。


「……少し、嘘が混じっているな」

「嘘?」

「お前たちは遺産を探してほしいと言われたのではなく、魔の者を何とかして欲しいと言われたのだろう? そして魔の者を森から遠ざけるには、遺産を手に入れるのが確実だと思ったわけだ」


 おー、全部バレてるわ。


「女神の遺産……確かに私たちにエルフにとって必要なものではない」

「族長!?」

「黙れと言った。そもそもあれは女神が人間に、それも選ばれた戦士に遺したものであって、私たちエルフにとっては無用の長物だ。勿論、人間だけが女神に愛されている訳ではないと思うが……魔の者に対抗できるのは選ばれた人間だけだと言う話を考えれば、女神が人間に遺産を残したのも納得できる」


 そんな話になっているのか……流石に族長ともなれば知っていることが多いんだろうな。


「しかし、そもそもお前たちが本当に選ばれた人間なのか私たちには知る術はない……そうだろう?」

「確かに」

「なら確かめさせてくれ。お前たちが、本当に女神に選ばれた人間なのかを、な」


 どうやって、なんて口にする前に族長が魔法を放ってきた。詠唱を完全に省略しながら放たれた雷の魔法は、閃光と共に既に俺の目の前まで迫っている。瞬き以下の時間で起こった出来事に誰も反応できない中、俺だけが何故か時間が圧縮されたような世界の中でゆっくりと身体を動かす。当然、どれだけ身体を動かそうとしても雷よりも速く動ける人間はない。しかし、圧縮された時間の中で加速した俺の思考は、本能的に最適解を導き出していた。


雷速ソニックボルト


 ゆっくりと流れていた時間が元に戻ると同時に、俺が放った魔法と族長の放ったがぶつかりあって衝撃波を生み出す。

 誰もが反応できない一瞬の間に起った出来事に、その場の全員が目を白黒させている中……族長だけが苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「……本物か」


 小さく呟いた言葉は忌々し気で、不愉快であるって態度を全く隠しもしていなかった。


「理解した。お前は本当に女神に選ばれた人間なのだとな……おい、協力してさっさと遺産を見つけ出すぞ」

「ぞ、族長!? 人間と協力するなどいいのですか!?」

「良いも悪いも、ここで協力しなければ魔の者によって滅ぼされるのは私たちだぞ? どれだけ嫌でも協力するしかないだろう……命には代えられない」


 エルフとしてのプライドもあるだろうに、族長はすぐさま自分の意思を捻じ曲げで俺たちに協力するようにエルフたちに告げた。勿論、噛みつくエルフはいたが……命には代えられないという重い言葉に誰もが言葉を失ってしまう。全員が内心で納得してしまっているから、その言葉だけで俺たちに向けられていた全ての武器の矛先が地面に向いた。

 ありがとう。純粋にその感謝の言葉を告げようとした瞬間、背後から強烈でドロドロとした不快な殺気を叩きつけられた俺は、振り向きざまに雷速ソニックボルトを放つ。エルフの族長からそのまま模倣した完全詠唱省略の魔法によって、背後に迫っていた黒い何かが吹き飛んでいき……そのまま何事もなかったように起き上がった。


「痛い……痛いんだよぉー!? 何してくれてんだお前ぇ!? ふざけんなよ……この私に向かっていきなり魔法放ってくるとか頭がおかしいんじゃねぇのか!? どうなってんだよ人間の頭の中はよぉ! あ、もしかして俺のこと馬鹿にしてるのか? 許せねぇ、許せねぇよなぁ! 僕のことをそんなに馬鹿にする奴なんて今までいたかなぁ!? もうこれはさぁ……八つ裂きにしてお前らの王都の門の前にばら撒いて、そこから王都の人間どもを全員犬の餌にしてやらないと俺っちの気が済まないよなぁ!? 初対面の僕ちゃんに向かっていきなり魔法放ってきたんだからそれぐらいの覚悟はあるってことだよなぁ!?」

「……なんだこいつ」


 全身が黒づくめの服かと思ったら、皮膚が真っ黒なんだ。光を全て吸収してしまうような真っ黒な姿をしているそいつは、グダグダとなにか言い続けながらも魔力を全身から迸らせていた。


「……魔の者の手先だ。こいつがここ最近、ずっとエルフを襲い、女神の遺産を狙っていたモンスターたちの親玉」

「はい正解! 馬鹿で愚鈍でマヌケで物覚えが悪くて他の種族を見下している引きこもりのクソ種族にしてはよくできたってあたしが褒めてやるよ!」


 魔の者の手先か……一人称が安定しないハイテンションのこいつが?


「そこの人間、聞いてたぞ。お前……女神に選ばれた人間だって? いけないなぁ……そういうのはあのお方の障害になるから消さないといけないんだよ、わかる? でも儂だって暇じゃないからさぁ……さっさと死ねよ」


 冷たい言葉と同時に、そいつの背後から大量のモンスターが溢れ出してきた。ハイテンションになったり、急に落ち着いたりと意味が分からない奴だが……実力は本物。しかもモンスターを召喚してくるとは……初めて遭遇する、敵だ。

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