第31話 守る理由
「モンスターは任せる」
「あ、おい!」
メレーナとシェリーにモンスターを任せて俺は距離を詰める。俺が一気に距離を詰めてきたことに驚いたのか、目を見開いてから全身からいきなり黒い煙を発してきたそいつに対して、俺は警戒することなく近づいてその腕を掴む。
「っ!?」
「……お前の名前を聞いてないんだけど、いいか?」
「誰がお前如きにいきなり名前を名乗らなければならないのか理解に苦しむな」
「へぇ、魔の者ってのは随分と人手不足なんだな。こんな奴を部下にしてるんだからな」
「ぶっ殺す!」
案の定、心酔しているのかちょっと魔の者に関して煽ってやると過剰反応してくる。腕を2本増やしたそいつは、その腕からよくわからない魔力の衝撃を放ってくる。魔法とも呼べない魔力を放つだけの攻撃だが、威力は高そうだ。
「
「このっ!? 女神に選ばれた人間が闇の魔法を平然と使うなんて正気ですか!? 頭がおかしいとしか思えない! お前みたいなやつがあのお方の前に立ちふさがる敵になるなんて我は絶対に認めんぞ! ここで殺してやる……絶対に絶対に殺してやるぞクソカス野郎が!」
「なんというか……ジェットコースターみたいな情緒してるな」
「死ね!」
上がったり下がったり意味がわからないんだけど……いや、上がったり下がったりしているように見えて、実際はひたすらに上がっているのか? よくわからないのだが、名前を名乗らないのは普通にムカつく。
「このクラーケンがお前を処刑してやる!」
「名乗ってくれたな」
「これから自分を殺す相手の名前をしっかりと記憶しておけ! 吾輩こそはあのお方の右腕! 全てのモンスターの頂点に立ち、あのお方の目的遂行のためだけに全てを捧げた忠臣! 貴様のような女神に選ばれた人間などとは違い、生まれた時からあのお方を信仰してきた私がお前のような屑に負けるわけがない! そうだ、このような惰弱な人間に負ける訳などない……俺は最強なのだ! 僕はお前みたいな欠陥種族などとは違う! 我こそが女神に選ばれた人間を殺す──」
「話が長い!」
「ぐはっ!?」
べらべらと好きなことばかり喋りやがって……話の内容なんて殆ど覚えてないぞ。こいつの名前がクラーケンってことがわかったので、それでよしとするけれども、意味のないことをべらべらとまくしたてられると流石に腹も立ってくる。
長々と喋っている顔面をぶん殴ったら、すごい鬼のような形相で俺のことを睨みつけてきた。よほど言葉をキャンセルされて殴られたことに怒っているらしいが……普通に考えて戦いの最中で長々と喋る方が非常識だろ。
「許さん……女神に選ばれた人間の癖に手段を選ばぬ戦い方、貴様はあのお方の敵になるだろう」
「あのな、女神に選ばれた人間だから高潔に戦って聖者のように振舞えなんて話はしったこっちゃないんだよ。生きている奴が偉くて、死んだ奴はみんなクソだ」
「それには同意してやる。生き残る私は偉く、これから惨めに死んでいくお前はごみ以下のクズになるのだからな」
びり、という空気が弾ける音と共にクラーケンが全身から魔力を発する。同時に、クラーケンの名の通りに身体の背後から黒い煙を吹き出している。まるで心中の怒りを表すようなその行動に、苦笑してしまうが……大した問題ではない。
「
「クラーケンラッシュっ!」
俺が手から衝撃を発するの同時に、クラーケンは意味不明な技名を叫びながら新たに生やした腕を高速で動かして連続でこちらに向かって殴りかかってきた。まるで子供が駄々をこねるような動きだが、
ふざけた技だが、直撃するのは不味いと考えた直後に、背後から新たに生えていた腕の一撃が俺の脇腹に突き刺さった。
「ぐっ!?」
全身に響く衝撃は込められた魔力によるもの。一撃で肺の中に溜まっていた空気が口から漏れ出し、メキメキという音を鳴らしながら骨が何本か折れる。脇腹から放たれた衝撃によって内臓が揺らされ、口の中が鉄の味で満たされる。気持ち悪いのでそのまま外に向かって吐き出すと、それは大量の血液となって地面を赤く濡らす。
「そのまま消えろっ! クラーケンスマッシュ!」
「
「がわっ!?」
腕を一束にまとめて、俺の胸を狙って放たれた一撃よりも早くこちらの雷が直撃する。雷による痺れで動きが止まったのを確認してから、再び
「ぐ、キツイなぁ……」
「リンネさん!」
脇腹に貰った一撃はかなり重かった。魔力で身体をある程度強化していなかったら、拳だけで胴体を貫通してそのまま絶命していたのではないかと思えるほどの威力だったが、なんとか骨が折れて内臓を痛めるだけで済んでいる。勿論、人間にとって骨が折れて内臓を痛めるなんて死にかねない威力なんだが……俺の傍にはシェリーがいる。
「
「あー……助かる」
神聖魔法の基本にして究極、
「絶対に許さんっ! クラーケンスマッシュで上半身を消し飛ばして殺してやる!」
「なんだそりゃ……そもそも技名が意味わからんし」
なんでもかんでもクラーケンってつけてるけど、やってることは強化した拳で殴ってきているだけだ。実際、腕の数を無数に増やしているからそれだけで充分な脅威になっているのだが、魔の者の右腕を自称しているが少し弱い気がする。
シェリーが心配そうに俺の手を握ってきたが、俺はすぐに手放す。こいつは俺に任せてエルフたちを援護してやってくれと、言葉に出さずに伝えたのがしっかりと理解してくれたらしい。シェリーは俺の手を放して後方に駆けていった。
「……認めよう。お前は確かに女神に選ばれし人間だな。強い……少なくとも、俺のクラーケンラッシュを受けて生きている人間は初めて見る」
「どうした、いきなり」
「あのお方の力を授かって、僕らと共に世界を征服しないか?」
「断る」
今更、そんな誘いに乗るような人間に見られているのか?
「……残念だ。今の攻防だけでもお前の人となりはなんとなく理解できるぐらいには、私も武術には精通している自負がある。お前は……この世界のことなどあまり興味がないのだろう?」
「ないから、守らないなんて情がないことは言わないさ」
俺は女神にこの世界に転生させてもらった恩がある。この世界にはシェリーのように俺のことを慕ってくれる人が生きている。守る理由なんて、それだけで充分だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます