第32話 隙

「クラーケンラッシュ!」


 ふざけた技名の割に冗談にならない威力をしているクラーケンラッシュ。増やした腕を連続で動かして拳を突き出しているだけなのだが、さっきの俺のダメージを考えるとまともに受けるべきではないだろう。しかも、気合がさっきまでとはまるで違う。最初はなんかハイテンションでキレたりしてた癖に、急に落ち着いてからの攻撃は明確にこちらの人体急所を狙って放たれている。その冷静さが何故最初からなかったのか疑問なんだが……とにかく直撃するわけにもいかないので、俺は反撃することもできずにひたすら回避に専念している。


「むむっ!? やはり強い……しかし、このまま引き下がる訳にはいかんなぁ!」

「それは反則だろっ!?」


 このまま続けていても当たらないことを悟ったのか、クラーケンは一度動きを止めてから更に腕を6本増やして合計10本の腕を用意した。イカであるクラーケンの名前に相応しい腕の数になったクラーケンは、その増えた腕を構えて再びクラーケンラッシュを放ってくる。

 4本の腕なら、まだギリギリ対処できるが……10本となると回避する場所はもう存在しない。故に、俺ができる行動は……このまま大人しくクラーケンラッシュを受けて死ぬか、何処かで反撃してこの連続攻撃を止めるかだ。


疑似・巨岩壁ギガントウォール!」

「無駄だ!」


 なにを根拠にクラーケンが無駄だと叫んでいるのか俺には全く理解できないが、実際に俺が生み出した岩の壁は一瞬でバラバラに砕かれてしまった。しかし、どれだけ威力が高い攻撃でも、壁を破壊するには多少のタイムラグが存在する。そこに刺し込める魔法は一つだけ。


雷速ソニックボルト!」

「ぐぬっ!?」


 ぱっと光った瞬間にはクラーケンの身体に着弾し、その後に遅れてバチっという雷の音が鳴り響く。かなり巨大な音に俺もちょっと驚いてしまったが、雷速ソニックボルトはこういう魔法だ。模倣したから理解できる……雷速ソニックボルトは他の雷魔法とはシンプルに構造が違う。他の雷魔法はあくまでも魔力で雷を再現してぶつける魔法なので、実際の雷のようにマッハ3万なんて速度を出すことはできない。しかし、雷速ソニックボルトはそれをなんとか極限まで近づけた魔法……実際にマッハ3万なんて速度は出ていないが、他の雷魔法とは初速がまるで違うのだ。

 クラーケンの放つ連撃は確かに一撃が強力であり、10本の腕が同時に動いている関係上、人間がどれだけ速く動いても避けることができないタイミングが生まれてしまう。しかし、雷速ソニックボルトはそもそもの初速が違うので敵の攻撃など関係ない。


「ぐふぅ……またその魔法か」

「……ワンパターンだって?」

「その通りだな。お前ほどの実力者ならもう少し魔法があるだろうと思ったが……もしや、お前はまだ未完成なのか? ひょっとすると、?」

「さぁな……俺はそのあのお方とかいうのと出会ったことがないからわからないな」

「……なるほどな」


 未完成……確かに、クラーケンの言う通り俺は未完成なのかもしれない。誇張表現でも自惚れでもなく、俺は世界中の魔法と呼ばれるものを覚えれば覚えるほど無限に強くなっていく。人間という弱小種族に生まれながら、俺は生きている限り永遠に進化し続ける力を女神から授かっている。クラーケンの言うあのお方、つまり魔の者にとって脅威ととなるのはあくまでも未来の俺であって、今の俺は神のような存在と相対して勝てるような力はないだろう。

 クラーケンは俺が未完成であることを理解した瞬間に、全身から放たれていた圧力が消えた。真っ黒だって肌がどんどんと色を変えていき、真っ白な肉体になった。


「ここでお前を消しておかなければならないようだ」


 肌の色が変わること、それになんの意味があるのかわからないが……全身から放たれていた嫌な圧力が消えたことに俺は目を見開いてしまった。クラーケンが全身から放っていた圧力は強者の証であり、言動がイカレているのに俺が全く油断しなかったのは奴がその強者の雰囲気を纏っていたからだ。しかし、ここにきてクラーケンから放たれていた圧力が消えた。その代わり……クラーケンは俺に向かって純粋な、何処までも真っ直ぐな殺意を向けていた。

 このままでは死ぬ。直感的に察した俺は魔法の準備をするが、それよりも速くクラーケンが目の前に迫っていた。


「死ね」


 シンプルな一言に、クラーケンの意思が乗せられていた。

 技名もなく放たれたクラーケンの拳は、防御する為に身体の前に突き出そうとした腕ごと粉砕して、腹に突き刺さる。痛みは一瞬、次の瞬間には景色が変わって俺は森の中を土煙と共に転がっていた。

 痛みを感じるほどの、余裕もない。音も上手く聞こえないし、視界は明滅していて今にも死んでしまいそうなほどのダメージを受けてしまった。これが……魔の者が従える部下。今まで戦ってきたモンスターとはまさしく格が違う相手だ。


神の慈悲リカバリー


 だからこそ、乗り越える必要がある。

 幸い、腹が少し抉れただけで貫通まではしていない。もう少し深く踏み込まれていたら、あるいは俺が半歩退いていなかったら確実に死んでいた。恐らく、必要以上に踏み込むことは危険だと判断しての攻撃だったのだろうが……クラーケン少し慎重すぎたな。しかし、俺のことをここまで警戒しているのならば確実にとどめを刺しに来る。


「クラーケン──」

神の裁きホーリージャッジメント

「ちっ!?」


 そう……どれほど強く、どれほど俺のことを警戒して本気で戦いに来てもクラーケンはあくまでも魔の者の使いであり、俺はそれを倒す為に女神に力を与えられた存在なのだ。そこが覆ることは絶対にない……ならばどうなるのか。最後には正義が勝つようにできているもんだろう? 勿論、これは現実の話だから誰かが勝たせてくれるなんてことは起こりえないけれども……俺には既にクラーケンを倒せるだけの手札がある。

 勝利を確信した時、もっとも大きな隙を晒す。動けない俺にとどめを刺そうとして接近してきたクラーケンは、俺が放った天から降り注ぐ光を避けきることができない。魔の者に与している存在であるクラーケンは、天から光をその身で受ければ焼け焦げて死ぬ。


「くそっ!? 神聖魔法だと!?」

「俺の勝ちだな」

「がっ!?」


 ギリギリで光を避けたクラーケンは、左半身を神の裁きホーリージャッジメントに消し飛ばされながらもなんとか態勢を立て直そうとしていたが、光の中から飛び出してきた俺の腕がクラーケンの胸を貫通して心臓を引き抜いた。

 勝利を確信するのは、相手が死んだ後でいい。心臓を引き抜かれて、恨みがましい目をこちらに向けながらも地に倒れ、足先から塵になって消えていく姿を見ながら俺は息を吐いた。

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